Hatena::Groupoval-plan

思考地図:OVALPLAN このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-01-26ICTの歴史とUIコンセプトの歴史(その4)

[][][][][][] ICTの歴史とUIコンセプトの歴史(その4) - 思考地図:OVALPLAN を含むブックマーク


70年代から80年代にかけて、自動車や家電を中心に日本の工業技術がトップレベルをキャッチアップしていった頃、米国では既にコンピュータ技術を中心とした情報化へ、先端技術の舵を大きくシフトしていった時でした。


米国がデジタルへとシフトしていった時、日本政府が日本製自動車輸出を優先し、トロン(日本産OS)技術の対米輸出を封印したという、出来事を忘れてはなりません。当時東大坂村健教授が開発したトロンは、リアルタイムOSとして世界的にも注目される存在でした。そのトロンOSをベースにした学校用パソコンを世界スタンダードとする戦略があったのですが、1989年の日米貿易摩擦によって米国から非関税障壁(スーパー301条)の候補に挙げられ、自動車輸出を優先してトロンOSの輸出を断念した結果、PCのデファクトOSになるチャンスを逸したのです。この出来事の背景として言えることは、自動車や家電といったアナログ技術だけでなく、コンピュータを中心としたデジタル技術の世界でも、日本は既に米国を脅かす技術を保有していたということで、ICTの歴史を語り始める時、忘れてはならないことだと思います。


この出来事は、その後の日米の技術領域意識、すなわち日本はアナログ=ハードウェア、米国はデジタル=ソフトウェアという図式にも大きく影響していったのではないかと考えられますが、実はこの図式の背景にはもう一つ大きな出来事がありました。それがこの小論の主役であるMFPの登場です。


丁度このトロンの一件があった頃、OA機器の世界では、後にオフィスに一台のデファクト機器へと進化するMFP(オフィス複合機)が誕生しました。

添付はインターソフト尾上さんが描かれたコンピュータ対OA機器の歴史俯瞰図で、1980年代にゼロックスのワークステーションStarに始めてGUIが搭載され、以降コンピュータとOA機器両世界でGUIを巡る戦略的攻防が展開されてきたことがコンピュータとOA機器の年表上に描かれています。


1970年代に設立されたゼロックス-パロアルト研究所での成果であるGUI誕生の話は、Wikipedia等で詳しいのでそちらを見ていただくとして、この図で大事なポイントは、そのGUIを搭載したStarというワークステーションが、従来設置空間的に住み分けていたコンピュータとOA機器が、結合したかたちで丁度中間的存在として登場した、というところです。


GUI誕生=Star登場の頃のコンピュータ世界は、PCすなわちパーソナルコンピュータの黎明期で(パソコンの歴史もWikipediaに詳しい)、1981年にIBMが発売したPCがインテルとMS-DOSというスタンダードを生み、パロアルト見学からGUIのヒントを得たジョブスが作ったApple Macintoshが登場し、そのGUIに啓発されたビルゲイツがWindows3.1を作り、デファクトとなるWindows95へとGUIを引き継いでいくという、一連のパソコンのメインストリームが始まった頃です。


そして丁度その頃日本のオフィス機器メーカーの技術課題は、ゼロックスのPPC(PlainPaperCopy)技術への追随、FAX機の通信画像精度、中身はPCと同じ構造で日本語文書処理だけに特化したワードプロセッサ、そしてマイクロフィルム技術から繋がっている電子ファイルなどでした。と同時に、台頭してきたコンピュータとどう連携していくのか、プロセッサや記憶媒体、メモリといったコンピュータ技術が育んできているハードウェアやネットワーク技術など、いわゆる情報処理におけるデジタル技術に焦点を当てた研究も中心的テーマとして取り組まれていました。コンピュータが席巻していく時代にOA機器メーカーは生き残れるのか、といったサバイバルのディスカッションも、外部者である私の耳にも入ってきたりして、ドラマチックな時代だったことを覚えています。


そうしたダイナミックな技術競争の中で、デジタル技術を基盤としたコピー複合機を経てMFPが誕生し、90年代にはOA世界のデファクトへと成長して行くのですが、OAのもう一方の舞台で急成長していくパソコンとの関係を、今あらためて歴史俯瞰をしておきたいと思っています。(と、ようやく本題に近づきました)

f:id:OVALPLAN:20110126184230j:image

尾上晏義尾上晏義2011/02/01 14:45この図の元々の出発点は、コンピュータはデータ処理の為の装置でMFPはオフィスワークのための道具というコンピュータvsOA機器でした。XeroxのStarがOA機器にコンピュータを利用した時の道具としての姿、使い方を研究・開発した(ちなみにXeroxパロアルト研究所のStarの開発目標は「将来の複写機の研究」とあります)
StarがOA機器にコンピュータを利用した時の初めにして最後(最終の)の姿を示してしまった(未だにこれ以上の理論的/技術的に完成度のある製品はない)、その中にGUIも含まれていたということです。つまり道具にコンピュータの要素を利用したことによりそれまでの人間工学的展開だけでは不足となり、Star以降ヒューマンインタフェースの研究分野が登場したということです。
これはあくまで道具にコンピュータの技術要素を利用するという考え方で、コンピュータを道具に仕立てようということではない。そのことが一番重要なことで、コンピュータの作法を道具に押し付けようとする流れがずっと続いてきたといえる・・・だから操作が難しくなってしまう。MFPはオフィスの道具にコンピュータを利用することに徹したことが理解しやすかったことにつながったと考えられる。後にCRXプロジェクト等でMFPの操作の標準化を行い、広く各メーカーにオープンにしたことも道具デザインとしての本来の思想を反映するための活動でした(アノニマス・アプライアンス)。マイクロソフトやアップルのような標準化により覇権を握るための活動ではありません。
・・・これはコンピュータ世界の話。ちなみにXeroxは道具としての発想でStarの考え方を世の中にオープンにしたことでマイクロソフト、アップルがこれをうまく利用してしまったということか。

小林郁央小林郁央2011/02/01 14:54なるほど、尾上さんのコンセプトはまさしく「道具論」であります。道具進化の中に技術を位置づけることで、新たな技術と道具世界の結合の新モデルが生まれていく。という歴史俯瞰ですね。この始めに道具ありきの考え方は、非常に日本的な概念ではないかと思っています。その道具論的歴史を道具目線で歴史を遡りながら、その心は、を開陳していきたいですね。(GKの道具論がまさにその考え方であり、道具学会http://www.dougu-tools.com/index.html山口さんからも以前ユーザインタフェースを道具学へ入れて欲しいと話されたことがありました。)

もう一方にある米国的発想は、覇権主義です。西欧の歴史は基本的に「覇権」の歴史で、未知なる世界や未開の地、諸悪、敵、自由にならないもの全て(結果的に自分以外の全て)を組み伏すことが最上の目的である、というコンセプトが底流にあります。

こんなにステレオタイプに物事を捉えては、短絡した進化論となってしまうといけないのですが、まずは上記のような俯瞰をベースに、ユーザインタフェースの歴史を記述していくことにします。