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2012-12-01

[][][][]「空間の日本文化」オギュスタンベルクを読む─再度のすすめ 「空間の日本文化」オギュスタンベルクを読む─再度のすすめ - 思考地図:OVALPLAN を含むブックマーク はてなブックマーク - 「空間の日本文化」オギュスタンベルクを読む─再度のすすめ - 思考地図:OVALPLAN

 日本文化論は西欧文化との対比で語られる場合が多く、ユダヤ教やキリスト教など宗教を背景とした倫理観や生活習慣では当然の如く大きく異なっていて、比較することによって日本文化の特徴が明らかにされる。一方、日本文化の固有性、独自性を、日本という国の風土や習慣、日本語の特徴から語られる場合も多く、その場合は自分たち自身の生活習慣、社会習慣と体験的に照合できるために納得させられる。

 イザヤベンダサンの「日本人とユダヤ人」は前者であり、物事の考え方が180度違う世界が西欧にあることに気付かされ、同時に自分の存在する日本という社会が西欧とは著しく異なるのを知った最初の日本文化論だった。その後、ルース・ベネディクト「菊と刀」、角田忠信「日本人の脳」(余りに短絡した実証に対してオギュスタン・ベルクは手厳しく批判している)によって刺激され、今度は後者に該当する九鬼周造「粋の構造」、梅原猛「仏教の思想」、土居健郎「甘えの構造」など、日本という国の人種、文化、社会、習慣をフィーチャーした本を好んで読むようになっていった。そのお陰で、司馬遼太郎を代表に日本を舞台とした歴史小説を数多く読みながら、日本文化の特徴をかみしめるように楽しんできた、という日本文化に関わる読書歴がある。(どうでも良いことだが、日本文化に目覚める前は小説はSF、音楽はJAZZだったので、「日本人とユダヤ人」といった比較文化論と、当時からブームとなっていく海外渡航体験の─けっして対称的にあるわけではない─対極の「日本文化」に対するカルチャーショックが有ったのだろと思う。この辺りのことは、団塊世代の共通の経歴だったのではないだろうか)

 フランスの地理学者オギュスタン・ベルクの「空間の日本文化」は、この両面、すなわちキリスト教文化との違いと日本的な習慣や言葉の中の独自性の両面を備えた日本文化論となっている。

 今なぜ日本文化論に興味があるのか、と問われたら、なぜこれほどに日本的なるものに心地よさを感じながらも、一方で西欧文化もこよなく愛せるのかが知りたいと思うから、と答える。勿論その裏返しで、なぜこれほどに日本固有の醜さがあり、同時に西欧の汚さに憤りを覚えるのかを知りたい、と思う。

 対比して見えた違いを学べば少しは賢くなれるだろうし、とんでもない過去の行き違い、思い違いによる過ちを繰り返す事もなくなるのではないか、少なくともその兆しをキャッチしアラートを発することぐらいはできるのではないか、との思いもある。

 そうした日本文化をフランス人の視点から分析し展開しているのがこの「空間の日本文化」である。「空間の」となっているが、オギュスタン・ベルクが地理学者でもあることから、日本の文化性を空間軸で捉えることで、抽象論に流されやすい文化という世界観を具体的姿としてイメージさせてくれている。膨大な日本文化論や日本人論を踏まえながら論が展開されており、そして多くの日本文化論の短絡を指摘しながら(その手厳しさにはある種の痛快さと同時にそれそのものが持つ日本的なる曖昧さでもあるというやるせなさも感じるが)日本という社会の行く末をポジティブに育てていくためにも一読、いや、何度も読み込まれることをお奨めする。