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2017-02-26

「トランプへ贈る言葉 ─ 「我佛(ほとけ)隣の宝聟舅天下の軍(いくさ)人の善悪(よしあし)」」 「トランプへ贈る言葉 ─ 「我佛(ほとけ)隣の宝聟舅天下の軍(いくさ)人の善悪(よしあし)」」 - 思考地図:OVALPLAN を含むブックマーク はてなブックマーク - 「トランプへ贈る言葉 ─ 「我佛(ほとけ)隣の宝聟舅天下の軍(いくさ)人の善悪(よしあし)」」 - 思考地図:OVALPLAN

利休の高弟に「山上宗二」という人がおられたそうです。利休の教えとして書いた「山上宗二記」天正16年(1588年)にあるこのの言葉によって、秀吉の怒りを買って非業の最期を遂げたそうです。


「我佛(ほとけ)隣の宝聟舅天下の軍(いくさ)人の善悪(よしあし)」

我佛・・自分の宗教の事・・宗教話の背景には、(宗教が教える)悟りを重ねた奢りが透いて見える。

隣の宝・・「隣」すなわち自分が気になることだけを宝のように言うのは、自分本位の我が儘。

聟舅(むこしゅうと)・・身内話は身内を知る間柄にしか通じない。

天下の軍・・誰もが知っている新聞やTVのトップニュースは退屈。

人の善悪・・善悪を評定するのは、上から目線を強く感じる。

茶事での「世間雑談」のマナーをしたためたものだそうですが、これほど幅広くタブーにすると何を話して良いのか疑問が湧く。しかし、敢えて秀吉の怒りを覚悟の上でたしなめたのには、これを言わなければならなくなっていった師匠利休の危機、すなわち「茶事」を政の機会に利用する悪しき習慣に対して、断じて許してはならないとの思いがあったからではないだろうか。


この言葉を思い出したのは、政の機会を利用しての悪しき企業体制が作られてきているという危機感から、勇気を振り絞っての諌言を試みたことがあったからです。40年も昔のことです。残念ながら若輩者が発すると、この言葉そのものに備わる奢りが浮き立ったのと、一方言葉が意味するところの(上記に示した解説の)解釈までは届かず、胡散霧消しただけに終わりました。そう、言葉を届けるには、相応の人が相応の場面で語るしかない、ということを学んだわけです。


最近にわかにマスコミと醜いバトルを繰り広げるトランプに献げる言葉はないものかと、上記のエピソードをふと思い出し、トランプにとっての利休や山上宗二に当たる人物がいれば、と思った次第です。

http://www.asahi.com/articles/ASK2V312ZK2VUHBI004.html