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2013-11-04

「旧型から新型へ」[思考地図][日本論][小林] 「旧型から新型へ」[思考地図][日本論][小林] - 思考地図:OVALPLAN を含むブックマーク はてなブックマーク - 「旧型から新型へ」[思考地図][日本論][小林] - 思考地図:OVALPLAN

この半世紀余りで、JAZZとDESIGNは歩調を合わせるように薄っぺらいものへと変化した。JAZZの世界ではマイルスが生み出してきたようなスタイル重視から、スタイルが粉々にミキシングされたFusionへ、DESIGNの世界では構造と機能の重視から見た目やブランド価値へ、それぞれ変化していった。この変化をどう捉えたらいいのだろう。時代は流れていくものなので、昔の人間にとっては古き良き時代がなくなり、若者に受ける世界へ変わっていくもの。変化自体は昔も今も変わらず川の流れのように必ずあるもの、、、不可逆、ただそれだけなのかな〜と思っていたら、どんな旧型からどんな新型へ変化していったのかを分析した本が出ていた。「日本人には二種類いる-1960年の断層」岩村暢子、新潮新書は、60年生まれ以前と以後の世代間ギャップについて解説してくれている。


旧型=我々団塊世代は、戦後体制のパラダイムシフトに自ら積極的に参画し、生活における西欧文化の吸収を日常としてきた。しかし、その背景に流れる日本人的な精神や美意識、といった多くの日本人論で語られてきた意識構造は、日本人である以上忘れてはいけない大事な分母として生きてきた、と思っていた。がしかし、そんな通底していると思っていた日本的なる意識構造も、我々旧型=60年以前の生まれと以後=新型の生まれでは大きく分断されている、ということが上記著書によってあきらかにされている。具体的な社会事例を挙げながらの35種類という豊富な断面として解説されていて、概ね異存がない世代論だ。旧型と新型がお互いの理解を深めるためにもこの論を共有し、(恐らくデジタル世代の1990年〜2000年以降生まれの)次なる新型世代へ申し送りできる努力をすべきだと考える。そうすれば、無くすべきではない日本的なる価値観や意識構造をも(隔世遺伝的に)復興できる局面もあるのではないか、と期待しつつ我が子や孫世代と語って行きたいと思う。


本来のJAZZが生み出してきたスイングとは・・・

本来のDESIGNが生み出してきたファンクショナリズムとは・・・


今ここに聞いてくれる人はいなくても、未来に向けて書き残しておこう!

2013-06-30

「俯瞰のすすめ」[思考地図][日本論][空間の日本文化][オギュスタン・ベルク][小林] 「俯瞰のすすめ」[思考地図][日本論][空間の日本文化][オギュスタン・ベルク][小林] - 思考地図:OVALPLAN を含むブックマーク はてなブックマーク - 「俯瞰のすすめ」[思考地図][日本論][空間の日本文化][オギュスタン・ベルク][小林] - 思考地図:OVALPLAN

「俯瞰志向」─複雑を複雑なままにきちんと分かるための俯瞰のすすめ


 毎年梅雨から夏にかけては「思考地図」を考えるシーズンである。なぜなら、「京都府認定研究開発事業」に対する補助事業公募があるからだ。二年目まではなんだかんだの補助事業で獲得しているが、本筋の研究開発に対する応募は3年連続で落選中で、猶予はあと二年。チャレンジあるのみ。


 昨年の事業提案では、複雑な関係もマップにすれば誰にでも容易に全体と個の関係として見せることができる、例えば食事のような感覚的な味覚であっても、マップ化することでそれぞれの料理の特徴と、それぞれの相対的な違いを見いだすことができる、と飲食を事例に説明したのだがダメだった。プレゼンテーションの反応では、マップ化することの機能面での役割は理解されたが、分かり易さを重視して食事を事例にしたために、地図化することの有用性の説得力は欠いてしまった、とその場で反省した。

 

 もうそれから1年経った。「複雑なことを分かりやすくするためのマップ化だから、分かりやすい事例に」という考えは捨てて、「複雑なことを複雑なまま理解するための思考のフレーム」と複雑さを大事にする捉え方に変更したいと思っている。その訳は・・・日本人の中に巣くっている共通的暗黙知「簡単=シンプル志向」の危険性を回避しないと、ますます複雑化する社会動向に思考停止を招く羽目になる、既に思考停止が始まっている、と考えるからだ。


 「簡単=シンプル志向」の何処が悪い、と思われるかもしれないが、物事が全て白か黒かの二択、AかBかCかの三択などといった単純なモデルとして捉えることはできないと考えるからだ。物事を単純化することで失ってしまう、捨ててしまうことが多すぎて、結果的に「いてまえ〜!!」の威勢の良さに頼っていった幕末から明治、昭和初期から太平洋戦争、そして戦後の経済復興からバブルへという、直線的すぎる振り子運動が繰り返されてしまう、という懸念が近頃の世相の中に出てきたからだ。

 

 例えば最近のTPPや原発、慰安婦や領土問題などで、マスコミは相変わらず日本対外国、是か非か、有った無かった、我らと彼ら、といった単純な見出しが溢れている。そんな二択で捉えられるほど社会問題はシンプルでは無い。TPPが賛成か反対か、憲法改正が賛成か反対か、、、エッ!二択でアンケート取るの〜???そんなあほな!と思いませんか?賛成/どちらかと言えば賛成/どちらとも言えない/どちらかと言えば反対/反対、の5択です!、それは5つの段階に区切っただけで、5つの考え方、捉え方ではない!TPPにしろ憲法にしろ選ぶべき視点はもっと多様であるべきだ。多様にすると複雑すぎて、議論になりにくいので、賛成か反対かの5段階で先ずは聞いてみました・・・こういうところに日本人の単一民族・一統歴史・農民社会型、阿吽の呼吸支配、暗黙知重視社会構造で育んできた単純=シンプル志向が働いているのでは、と私は考えている。丸山眞男「日本の思想」始め数多くの日本文化論から始まり、私が推奨する「準拠点は隣接する」と結論したオギュスタン・ベルクの「空間の日本文化」まで、そして自分自身でその単純=シンプル志向を体験してきた70年代から今日までを振り返り、自省的にこの問題に対して直視し、その向こうに「複雑なことを複雑なまま理解するための思考のフレーム」を置いて捉えていきたいと思っている。


 下図はそんな「複雑を複雑なままに捉えた思い」の現在的思考地図である。

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2012-12-29

[][][][][]「空間の日本文化」オギュスタン・ベルクを読む─つづき-2 「空間の日本文化」オギュスタン・ベルクを読む─つづき-2 - 思考地図:OVALPLAN を含むブックマーク はてなブックマーク - 「空間の日本文化」オギュスタン・ベルクを読む─つづき-2 - 思考地図:OVALPLAN

 オギュスタン・ベルクの「空間の日本文化」を読み続ける内に、日本人社会に共通してある課題に気づきつつある。最も大きな気付きは「準拠点は隣接する」とオギュスタン・ベルクが表現している、日本人の近視眼的行動基準の恐ろしさである。「みんなで渡れば怖くない」「寄らば大樹」「空気を読む」「(丸山眞男の)きょろきょろする日本人」・・・思い当たるキーワードが多く有る。それぞれには納得する背景があるし、その妥当性も頷けるが、それらを支配している日本人意識構造が「準拠点は隣接する」に根ざしたものだとすると,失敗に学ばない愚かな日本人としてこれからも何十年か何百年に一度の大失敗を繰り返していくかも知れない、との危惧をいだく。


 今日の読みとりは,今朝の日経記事に絡めてコメントする。と同時に、この「準拠点は隣接する」の課題は「世論とマスコミと政治」においての現象として観察できるとの思いからタグ付けしておく。


 『日本人は『黙る』『考えない』『思い込む』のどれかに陥っている。これらを正反対の姿勢に改めなければ、適切な技術開発はできない。』 畑村洋太郎 工学院大教授


 震災復興、原発危機、デフレ脱却、,,現在の日本が抱えている課題に対して『黙る』『考えない』『思い込む』の結果が、6割の投票率の中の4割の得票で8割の議席を独占する結果を招き、その結果としての政府を世論調査では55%の支持率である。55%は、民主党政権の鳩山由紀夫(68・7%)、菅直人(57・3%)、野田佳彦(59・9%)の各内閣発足時よりも低い。自民が294議席を獲得した衆院選の結果とは釣り合っていない。と、選挙実態のバラツキを説明せんがためにたかだか数千人の調査を「世論調査」と称して公表することで、あたかも今ここの状況を掌握したかの如くマスコミは報道する。『黙る』『考えない』『思い込む』日本社会は、結果的に肯定され問題は先送りにされる。


 『黙る』『考えない』『思い込む』日本社会に対して畑村氏は「これらを正反対の姿勢に改めなければ、適切な技術開発はできない。』と処方箋を書いている。すなわち「黙らない=発言する」「考えない=考える」「思い込まない=他の考えを探す」ということか? 当たらずとも遠からずではあるが、震災復興、原発危機、デフレ脱却、,,現在の日本が抱えている課題に対して日本人自身が真摯に立ち向かうには、もっと根源的なところでの意識改革が必要なのでは無いだろうか。


 例えば「準拠点は隣接する=隣接するところにしか目を向けない日本人」は、「隣接」を超えた、例えば「距離的な遠隔地」「時間的な未来」「友人や隣人では無い他人」「今ここには無い価値」「長い歴史的な視野」に準拠点を移してみるべきなのではないだろうか・・・という気付きが,今私の中に成長しつつある。

 

 以下参考までに上記日経記事を添付しておく。

 「思い込み」から抜け出せ-2013展望:畑村洋太郎:日経朝刊20121229

 震災復興、デフレ脱却、高齢化への対処:::。新政権の前途には難題が山のようにある。2013年の日本はどうすれば展望が聞けるだろうか。

──原子力発電所事故からどんな教訓を引き出すべきでしょう。

「事故の原因は『長時間の電源喪失は起こらない』との前提で運営していたことに尽きる。『あり得ることは起こる』『思いつきもしない現象も起こる』と考えるべきだ。2000年に米国の原発の専門家にこう言われた。『日本の技術屋は言わないといけないことを言わない。いつか大事故に見舞われるぞ』と」

 狭い国民の視野

──原発政策は衆院選の主要争点でしたが、具体的な議論にはつながりませんでした。「国民の反応は極端で視野が狭くなっている。反対派は事故が起きた途端に『脱原発『放射能ゼロ』に傾斜し、電力需給の安定に気を配れなくなっている。原発維持の側も多くの人が『安全基準さえあれば再稼働できる』と過信している。日本人は『黙る』『考えない』『思い込む』のどれかに陥っている。これらを正反対の姿勢に改めなければ、適切な技術開発はできない。


「原発に関してだげではない。財政難の根っこにあるのも『あり得ることは起こる』と考えない姿勢だ。国際収支が赤字になり、これ以上借金すれば、いずれ利払いがで

きなくなる。最悪のシナリオは米国や中国に金を借りる事態が起こること、日本国債を米中に大量購入されることではないだろうか。消費税率引き上げへの反対意見もわ

かるが、ほかの国に運命を左右される未来図に目をつぶるのも怖いことだ」


──高速道路の天井崩落事故も起きました。

「原発もそうだが、日本が世界一の水準に近いと思える技術はいくつかある。だが、ほかの国に大した技術がないと思うのは倣慢だ。公共投資をみても、中国やインドは鉄道など必要なインフラの技術を猛烈な勢いで磨き上げている。単に金をばらまくのではなく、目標を明確に絞り込んで取り組んでいる」「インドの地下鉄は100秒おきに列車を運行させる目標を立てているという。今の日本でも最短120秒ぐらいかかる。そう遠くない時期に日本は追い越されるところまできている」

「中国やインドの技術者は、自前のノウハウを押しつけようとする日本の姿勢を嫌がっている。彼らが望むのはノウホワイ(}go 巧老町三。どうやるかでなく、なぜゃか。それがわかれば、自国の風土や市場に合った技術を磨き上げられるというわけだ」


 「いい物」に固執

──大手電機メーカーが苦戦するなど国際的な競争力低下は深刻です。

「中国で液目聞や半導体メーカーの担当者に話を聞くと、市場の声に即した製品なら技術は周囲遅れでも構わないという。日本は『いい物を作れば売れる』と自社製品に自信を見せるが、そういう発想に凝り固まっているから逆に市場の求めに応じきれていない面がある。たとえば中国製品が市場をほぼ独占した太陽光パネルはどうか。品質などに問題はあるだろうが、安さを求める消費者に素直に応えた結果にほかならない」

「日本の企業は欧米のまねをして高度成長をたしてきたが、お手本がなくなり迷走している。これからの日本には市場や社会の要求に謙虚に耳をすます姿勢が大切になってくる」

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2012-12-09

[][][]「経済学の犯罪」佐伯啓思の紹介─TPPって?が解る! 「経済学の犯罪」佐伯啓思の紹介─TPPって?が解る! - 思考地図:OVALPLAN を含むブックマーク はてなブックマーク - 「経済学の犯罪」佐伯啓思の紹介─TPPって?が解る! - 思考地図:OVALPLAN

経済学の犯罪 稀少性の経済から過剰性の経済へ (講談社現代新書)

経済学の犯罪 稀少性の経済から過剰性の経済へ (講談社現代新書)

「経済学の犯罪」佐伯啓思を書店で見つけて読んでます。(オギュスタン・ベルクに疲れた時に読む本も沢山あって大変!)

副題は「希少性の経済から過剰性の経済へ」帯には「世界金融危機の真犯人」と本のタイトルを受けて推理小説張りのキャッチコピーで、ちょっと似非臭い匂いもしましたが、実に真っ当な経済学の教科書でした。経済学って、ソビエト=マルクス主義が負けてから米国=資本主義という正義の経済学が勝ったんだけど、その後日本のバブル崩壊だけでなくITバブルや米国のバブル、リーマンショックやら、、、金融工学ってどうなってるのか?昔経済学でノーベル賞を貰った博士が作ったヘッジファンドが倒産したりしてたけど経済というやつは、本当に進化しているのか?

実に多くの疑問がありながら、真っ当に回答を得られないまま今回の選挙ではTPPというグローバル経済という仕組みについて、政治家がいろいろ言い出したけど、それってどうなってるのか?どう解釈すべきなのかが解らない。

と言うことに答えてもらえる書物です。

選挙投票日までに買って読める新書本ですが、下記サイトでインタビューとTPPについて紹介されているので一読をお奨めする。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/33285

http://d.hatena.ne.jp/manji_ex001/20120824/1345812779

2つ目のコラムに産経新聞の記事が紹介されているので是非お読みいただきたいのですが、TPPだけでなく「経済って?」を西欧における資本主義の始まりまで含めて分かりやすく解説されている、本書を全ての日本人におすすめします。

2012-12-03

[][][][]「空間の日本文化」オギュスタン・ベルクを読む─つづき-1 「空間の日本文化」オギュスタン・ベルクを読む─つづき-1 - 思考地図:OVALPLAN を含むブックマーク はてなブックマーク - 「空間の日本文化」オギュスタン・ベルクを読む─つづき-1 - 思考地図:OVALPLAN

 オギュスタン・ベルクが長年にわたる日本住まいの末に探し当て、全ての日本人と特に日本文化研究者に向けて言わんとしたであろうところに焦点を当て、「空間の日本文化」の読み解きを深化してみたい。

 「敗戦占領時には、全国民的規模で同じ様な現象が見られた。前日までは最後の一人まで戦う決意を固めていた日本人が一切の抵抗を止め、占領軍の友人に変わったその変わり身の早さに、西欧人は仰天しかつ軽蔑した。・・・戦争が終わったとの天皇の言葉だけで国民が瞬間的に新たな状況へと展開していける、と言う事に対して、西欧人にはどうしても理解できなかった・・・」


 270頁に記されたこの出来事は、オギュスタン・ベルクだけでなく戦後の文化人、知識人、(この事態に異常を感じたが故に取り組み始めた)日本文化研究者、そして多くの日本人論や日本文化研究の書籍に触発された全ての日本人にとっても、共通の疑問であっただろう。そして、その思考実験から導かれた多種多様な概念(考え方)、課題、方策を俯瞰的に考察し、現在に生きる日本人と日本人と交流したいと望む人々に向けた対話のための思考の土俵を、(諸処の概念のさらなる上に)建設的に提供したい、と提出された考察が「空間の日本文化」である。


 この疑問に答えるために書かれたところを以下に抜粋し、深く考察してみたい。

 276頁

 ここでまとめてみよう。隣接性もしくは近接性の準拠──少なくとも日本社会のそれ──の論理は、社会全体の分解を助長すると一見考えられる。しかし、実際にはその逆に、あらゆるレベルで高次元の低次元に対する権威を高揚することによって、階層付けされた体系への社会の組み込みを助長するのである。その際、準拠論理はその定義からして、権威が余りにも遠いものとして知覚されるのを、したがって異論の余地があるように見えることを避ける。同じ一つの社会に、きわめて多様な個別主義への傾向と、意見の一致への傾向が共存し、かつ両方の傾向とも劣らずはっきり現れている、一見矛盾と見える成功の鍵は、まさにこの点に存するように私には思われる。徳川幕府の創り出した中央集権化された封建制という、社会・政治的怪物を説明しうるのはこの論理によってである。後に見るように、日本が一方で己の伝統を少しも損なうことなく保持しながら、あれほど見事に西欧的範列を同化し得たのも、同じくこの論理の働きのおかげである。

むろん現代日本、特に高度成長期以降の日本でも、家族の変貌、風俗の推移につれて父権が弱体化したのは西欧と変わりない。ただ、家モデルは、類似関係を通じて、企業を初めとする多数の制度の中に存続しているのである。日本という、多くの点で母性的な社会(母性社会日本の病理:河合隼雄)も、こうしてその住民たちに、家庭空間から(そしてまた天皇の漸進的消失とともに国民空間からも)消えつつある父を再び見いだすべき多数の状況を提供している。例えば企業は何よりもまず父親の代わりであり、その役割は大きくなる一方である。こうして父権媒介の諸層の均衡関係が編成替えされつつあるとしても、最近25年間の急速な社会変化によってその原理が根本から覆されたとは思われない。

 

 「同じ一つの社会に、きわめて多様な個別主義への傾向と、意見の一致への傾向が共存し、かつ両方の傾向とも劣らずはっきり現れている、一見矛盾と見える成功の鍵は、まさにこの点に存するように私には思われる。」とオギュスタン・ベルク自ら的を射たと確信するかのような言い回しに、注目して見たい。

個別主義への傾向と同時に意見の一致を獲得している社会。個別性と一枚岩的共同体意識が共存していることは、我々日本人にとっては何の不思議もない自然なことのように思えるが、その両面性のモデルにオギュスタン・ベルクは日本文化の構造を見いだしたようだ。この後、個別主義への傾向と意見の一致への傾向の共存から「コンセンサス主義」と「本音と建前」の骨組みについて論を展開し結論へと向かうわけだが、この両面性というやっかいなモデルをどのように捉え日本文化の核として位置づけていくのかに、オギュスタン・ベルクの苦労があったことは想像に難くない。

2012-12-01

[][][][]「空間の日本文化」オギュスタンベルクを読む─再度のすすめ 「空間の日本文化」オギュスタンベルクを読む─再度のすすめ - 思考地図:OVALPLAN を含むブックマーク はてなブックマーク - 「空間の日本文化」オギュスタンベルクを読む─再度のすすめ - 思考地図:OVALPLAN

 日本文化論は西欧文化との対比で語られる場合が多く、ユダヤ教やキリスト教など宗教を背景とした倫理観や生活習慣では当然の如く大きく異なっていて、比較することによって日本文化の特徴が明らかにされる。一方、日本文化の固有性、独自性を、日本という国の風土や習慣、日本語の特徴から語られる場合も多く、その場合は自分たち自身の生活習慣、社会習慣と体験的に照合できるために納得させられる。

 イザヤベンダサンの「日本人とユダヤ人」は前者であり、物事の考え方が180度違う世界が西欧にあることに気付かされ、同時に自分の存在する日本という社会が西欧とは著しく異なるのを知った最初の日本文化論だった。その後、ルース・ベネディクト「菊と刀」、角田忠信「日本人の脳」(余りに短絡した実証に対してオギュスタン・ベルクは手厳しく批判している)によって刺激され、今度は後者に該当する九鬼周造「粋の構造」、梅原猛「仏教の思想」、土居健郎「甘えの構造」など、日本という国の人種、文化、社会、習慣をフィーチャーした本を好んで読むようになっていった。そのお陰で、司馬遼太郎を代表に日本を舞台とした歴史小説を数多く読みながら、日本文化の特徴をかみしめるように楽しんできた、という日本文化に関わる読書歴がある。(どうでも良いことだが、日本文化に目覚める前は小説はSF、音楽はJAZZだったので、「日本人とユダヤ人」といった比較文化論と、当時からブームとなっていく海外渡航体験の─けっして対称的にあるわけではない─対極の「日本文化」に対するカルチャーショックが有ったのだろと思う。この辺りのことは、団塊世代の共通の経歴だったのではないだろうか)

 フランスの地理学者オギュスタン・ベルクの「空間の日本文化」は、この両面、すなわちキリスト教文化との違いと日本的な習慣や言葉の中の独自性の両面を備えた日本文化論となっている。

 今なぜ日本文化論に興味があるのか、と問われたら、なぜこれほどに日本的なるものに心地よさを感じながらも、一方で西欧文化もこよなく愛せるのかが知りたいと思うから、と答える。勿論その裏返しで、なぜこれほどに日本固有の醜さがあり、同時に西欧の汚さに憤りを覚えるのかを知りたい、と思う。

 対比して見えた違いを学べば少しは賢くなれるだろうし、とんでもない過去の行き違い、思い違いによる過ちを繰り返す事もなくなるのではないか、少なくともその兆しをキャッチしアラートを発することぐらいはできるのではないか、との思いもある。

 そうした日本文化をフランス人の視点から分析し展開しているのがこの「空間の日本文化」である。「空間の」となっているが、オギュスタン・ベルクが地理学者でもあることから、日本の文化性を空間軸で捉えることで、抽象論に流されやすい文化という世界観を具体的姿としてイメージさせてくれている。膨大な日本文化論や日本人論を踏まえながら論が展開されており、そして多くの日本文化論の短絡を指摘しながら(その手厳しさにはある種の痛快さと同時にそれそのものが持つ日本的なる曖昧さでもあるというやるせなさも感じるが)日本という社会の行く末をポジティブに育てていくためにも一読、いや、何度も読み込まれることをお奨めする。

2012-11-04

[][][][]「空間の日本文化」オギュスタンベルクを読む─14 「空間の日本文化」オギュスタンベルクを読む─14 - 思考地図:OVALPLAN を含むブックマーク はてなブックマーク - 「空間の日本文化」オギュスタンベルクを読む─14 - 思考地図:OVALPLAN

「ⅩⅣ 上記二つの場合(社会的なもの、物質的なもの)、連絡は、意味域が均質空間になっていること(形式主義によって)により樹立される。集団及びその物質的枠組み(居住界隈、村、会社、家屋)の細胞性の代償としては、形式主義に培われた記号の均質性がある。かくて自然(それぞれの集団はそこに根付いている)及び記号(各集団はリーダーという水路を通じてそれを流入させている)両者のメタフォリックな直接性が、社会関係の間接性とバランスを保っている。これは次の図式で示すことができよう。」

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 オギュスタンベルグとしては、この14番目の結論に多くの意味を注ぎ込んでいるのだろうが、残念ながら私にはまだこの結論で書かれている全体を咀嚼することはできていない。おそらく添付された図式の意味も、結論のテクストによって正しく解読できると思うが、前項までの文脈から大方の意味を解説してみたい。

 

 家族や地域、企業も、集団組織においては「内」と「外」の区別に最上位の意識が傾けられている。よって、集団と集団は「外」「外」の関係で、お互いの交流はおろかむしろ排斥する関係となっている。但しその社会的な関係では、お互いの価値観に準拠するが故に相反発し合うこととなる。


 例えば、隣の家は私の家と違って何々を持っているが、その替わり私たちは何々を持っている、という具合にひたすらその差異を意識しているが、結果的には差異以外の大半において同じであることが前提となっている。同じであるが故に些細な差異に意識が集まり、結果的にその小さな差異を最大化する意識へと拡大することになり、そこから小さな差異を土俵にして排斥し合う意識構造が生まれることとなる。


 個々の集団が「内」に向かえば、個性豊かな「個」へと向かうはずなのに、同等の「個」になる理由は、日本の根本的価値が「自然」を基盤にしているからである。(この「自然」指向は「空間の日本文化」の底流である)


 以上が、図式の「社会」レイヤーと「自然」レイヤーの捉え方である。


 次に、図式の「意味域」レイヤーについては、「社会」レイヤーではお互いが排斥し合う集団においても上下方向には解放していて、特に上流の媒介者を通じることによって共通する形式主義=礼儀作法を重んじるが故に、排斥し合う集団が連携することが可能となる、と示されている。


 以上が図式に込められた「空間の日本文化」の最後=ⅩⅣ番目の結論であるが、この結論はあくまでも「日本的範列」として書かれたもので、本分で書かれている内容にはより多くの興味深い日本的なる文化性について書かれている。その日本文化について、さらに読み取りを継続していきたい。


 つづく

2012-10-19

[][][] TEDxKyoto 「ThinkMap」安田ナオミプレゼンテーション  TEDxKyoto 「ThinkMap」安田ナオミプレゼンテーション - 思考地図:OVALPLAN を含むブックマーク はてなブックマーク -  TEDxKyoto 「ThinkMap」安田ナオミプレゼンテーション - 思考地図:OVALPLAN

去る9月16日に開催されたTED×Kyotoにて発表しました弊社安田ナオミによる「思考地図ーThinkMap」のYouTubeビデオが公開されました。

下記のTED×Kyotoのビデオアーカイブか、下記YouTubeサイトからもご覧頂けます。

http://www.tedxkyoto.com/events-2/tedxkyoto/thinkmap-a-frame-to-share-our-thoughts-naomi-yasuda/

http://www.youtube.com/watch?v=kPUqlB13Kn4

GK時代を含め、思考地図を始めて四半世紀が過ぎようとしています。その間デザイン与件の整理やリサーチ情報の分類といった、もっぱら専門分野での利用が主でした。その集大成として2010年、2011年、そして今年2012年にヒューマンインタフェース学会シンポジウムで論文発表を行いました。テーマは「情報共有のための思考地図」です。


そして昨年、オランダ在住のGK時代の友人安田健さんの娘ナオミさんが、オランダのアイントホーヘン芸術大学を卒業後弊社に入社されました。その性格、頭脳、センス、、、そしてチャーミングな容姿、類い希な人材を得、丁度一年オーバルプランで活躍してくれています。そして今年の4月、TED×Kyoto開催のニュースがデザイン仲間の中内さんから入り、TEDプレゼンターに彼女なら相応しいとオーディション参加を打診したところ、即決でOKとなりました。


公募用のYouTubeプレゼンテーションは、彼女自身の発案(ワインMapの提案)、制作で瞬く間に出来上がり、TED×Kyotoへ送付したところ、7月のオーディション参加者に選ばれました。勿論そのオーディションにも私はAudienceとしていきましたが、彼女の堂々とした態度、発声、容姿、どれをとってもアナウンサーではないかと思うほどのプロ並みのスピーチでした。その後のパーティでTED×Kyoto Founderの方に挨拶をしたところ、ThinkMapのアイデアとして(このYouTubeにも入っている)TEDアーカイブのマッピングを事例紹介として使ったこと、そしてナオミさんの素晴らしいプレゼンテーションを褒めてくれて、TED×Kyotoへの招待をほのめかすような言葉をもらいました。その時これは確実に招待される、という予感がしました。そしてその通りの招待メールが8月に届き

ました。


そして9月16日TED×Kyoto本番の様子、YouTubeでご覧下さい。


この発表を機に、思考地図を専門的な利用だけでなく(専門的利用としては創造性への活用という第二弾がありますが)、子供からお年寄りまで日常世界で、そして言語や文化の壁を越えて世界中の国々で利用できることを目指して行きたいと考えるようになりました。改めてそのことを自分自身に言い聞かせるために、ここにメッセージとして書かせて頂きます。


この機会が得られた背景には、皆様との数多くのコラボレーションがあったからです。ありがとうございました。そしてこれからの思考地図=ThinkMapにご期待下さい。

2012-10-18TEDxKyotoでの安田ナオミの「ThinkMap」プレゼンテーション このエントリーを含むブックマーク

TEDxKyotoでの安田ナオミの「ThinkMap」プレゼンテーションをご紹介します。


思考地図=ThinkMapについては本ブログのタグを選んでいただければ、解説があります。また、オーバルプランサイトからアクセスしていただけましたら、ヒューマンインタフェース学会シンポジウムで発表した論文を送らせていただきます。


今後の思考地図=ThinkMapの活動にご注目下さい。

2012-09-20

[][][][]「空間の日本文化」オギュスタンベルクを読む─13 「空間の日本文化」オギュスタンベルクを読む─13 - 思考地図:OVALPLAN を含むブックマーク はてなブックマーク - 「空間の日本文化」オギュスタンベルクを読む─13 - 思考地図:OVALPLAN

 「空間の日本文化」結論 日本的範例は、残る二つ。


 「ⅩⅢ 要素間の横に向かった排除性のために、媒介(「縁」)が社会的関係の重大な鍵となる。A、B二つの要素は互いに対立しながら、第三項Cを通じて傾斜的に交流し合う。空間の社会的組織化においてこれは、非常にしばしば介在者の存在に訴えるという形で現れる。空間の物質的組織化においては、この原理のため直接的対立、移行よりも、緩衝地帯による包み込みが、したがって境界域(リミナリテ)機能がとりわけ重んじられることになる。」


 媒介=縁は、日本社会の内向き指向だから不可欠となる外部とのリレーションのためのソフトウェアであり、リアルな空間においては「緩衝地帯」が境界域機能として重要な役割を担う、と。


 日中の境界域(例の呼称を書くとサイバー攻撃で改ざんされる恐れがある)が大きな問題となってきているこの時期に合わせたかのような、今回の結論となりました。


 日本社会でよく使われる媒介=縁ソフトウェアとして、稟議書をオギュスタンベルクはあげている。日中の国交においては、恐らく経済交流=企業誘致が大きく貢献してきたことは間違いない。戦後補償問題がくすぶる中での正常化には、政治、文化、経済様々な面で媒介=縁を生み出し活用されてきたが、実空間における媒介=縁である「緩衝地帯」は、従来は台湾であったろう。その台湾は、日本と中国の媒介者としてまさしくソフト/ハード両面の大きな役割を担ってきたが、ここに来て中国国内の経済バランス異常事態の色が濃くなりかけてきたことが引き金となり、問題転移として国境問題へと展開してきている、というのが最近の事情でしょう。緩衝地帯は触れてはいけなかったのであり、先に触れてきたのが中国漁船の体当たり事件だから、日本側も触れるレベルから緩衝地帯を国有化するという手段へとエスカレートしてしまった。


 オギュスタンベルクは仲人のような仲介者を介したコミュニケーションが重要だと書いている。現実社会でも米国や(恐らく)ロシア、フランス、英国などの仲介依頼の使者が飛び交っていることだろう。こうした仲介者を通じたコミュニケーションはもちろんであるが、日本文化の中心人物であるべき政治家に本来の日本文化が分かっていないという嘆かわしい時代でもある、というところに、文化伝承がしにくい現代の新たなる問題が宿してきている、とオギュスタンベルクは忠告している。