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2012-05-08

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増殖する情報を有効利用するために、俯瞰的知識編集の手法を提案する論文が、日経2012年5月4日「経済教室」に掲載されていた。思考地図が提唱する情報俯瞰の空間的文法を活かす場面として注目しておきたい。


あふれる情報社会に生かすには

IT駆使し「埋没知」活用を


坂田一郎

東京大学教授


分野越える知識結集─高齢化など課題解決の鍵


○知識の多くが埋没し有効活用できていない

○情報工学的な手法で大量の知識の分析可能

○埋没知の効率的な利用ヘ人材育成が課題に


 21世紀に入り、電子化された情報が爆発的に増加している。ウェブサイトの数は1億件を超えるといわれる。学術研究から生まれる知についても、同様な傾向がみられる。例えば、DNA(デオキシリボ核酸)に関する主要な研究論文は、分子生物学の祖、J.ワトソン氏とF ・クリック氏が二重らせん構造を発見した1953 年当時、年間100本程度出版されるにすぎなかった。しかし現在では10万本を超え、かっその大半は電子的な形で公開されている。

 今日、人類は地球環境の持続可能性の低下、社会の高齢化、予期しがたい災害の頻発による不安の高まりなど、多くの深刻な課題に直面している。一方で、われわれはそうした課題解決の武器となる知を、歴史上かつてなかったほど大量に手にしている。

 そのため、最新の知識と課題を結びつけて知のフロンティアを開拓することにより、課題解決へのイノベーション(技術革新)を多数実現し、より豊かで、幸福で、安心な社会を構築することが期待されている。同時に、課題解決をてことして大量の知を動員し、社会的なニーズに即した革新的な製品・サービスを生み出すことにより、経済の成長力も高められるだろう。

 しかし現実には、わが国では政府・企業の研究開発投資の効率が悪く、投資により生み出された知識を市場に結びつけられないどころか、社会や市場との接点に乏しい知識が生み出されている。投資から活用までには時差が存在するため容易には効率を測れないが、今日、世界市場でわが国発の革新的製品・サービスが目立たなくなっていることは事実であろう。

 要するに、わが国では利用可能な大量の知と社会の課題や市場が効果的に結びつけられていない。そこで以下では、文書化され利用可能な状態にあるが、実際には利用されずに眠っている知識を「埋没知」と呼び、高齢化社会を例に、いかにして暗黙知を有効するかについて考えたい。

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 社会の超高齢化は、わが国が世界に先駆けて直面している代表的な課題だ。いまだ超高齢化社会のモデルをつくり上げた国・地域は存在せず、提案と実証が待たれている。

 一方で、高齢化社会を乗り切る知恵は既に大量に蓄積されている。東京大学のイッテイパヌワット氏と梶川裕矢氏らの研究によれば、「アクィブエイジング(活力ある高齢社会)」の条件を網羅した世界保健機関(WHO)のガイドを参考に検索すると、高齢化に関する世界の主要な学術論文は8万3千本も存在する。それを時系列にみると、近年劇的に増えている(グラフ参照)。

 しかし、これらの知識は十分に活用されているのであろうか。社会保障制度の持続可能性への不安の高まり、高齢者の引きこもりや孤独死、認知症の高齢者の増加と成年後見人の不足、長期の介護による家族の疲弊、高齢化率の上昇で共同生活の維持が難しくなった限界団地の増加、先端的な医療機器の輸入超過といった様々な課題が存在する。さらに、それらの課題の解決にめどが立たない状況であることを踏まえると、知識の多くが埋没し、有効活用できていない状態にあるといえる。

 原因として様々なことが考えられるが、知識の性格に起因するものを3点挙げたい。1つ目は、高齢化社会に必要な知は極めて分野横断的だということである。それは医学、工学、社会学、法学、経済学など多様な分野の集合によって成り立っている。最近取り組みが強化されているが、わが国の産学は分野を横断して知を開拓したり、活用したりすることを苦手としている。

 2つ目は、知識全体につて定義が十分に定まっておらず、また成熟した分野と違つてその構造も明らかでないため、知識の全体像がとらえにくいということである。全体像が見渡せないと、有用な知識の在りかを見つけることは

難しい。

 3つ目は、冶金工学と造船、薬学と創薬との関係などとは異なり、知識とその応用先との関係が単線的でなく、特定しにくいということである。相互に関連するこの3点は、知識が埋没しやすい条件であるともいえる。

 埋没知の問題を乗り越えるため、最新のIT( 情報技術)を活用した手法として、人の能力の物理的な限界を超えた情報の処理を可能とする情報工学が注目されている。人間には8万本の論文の概要を読むことは困難だが、コンピューターを用いれば短時間で大量の知識を収集し、分析することが可能である。

 コンピューターを利用してデータベースなどの電子化された情報源から知識を適切に取得し、そこに含まれる言葉や引用関係をもとに分析することで目的に応じた編集または構造化を行い、人が理解可能な形で結果を理不する。そうしたシステムができれば、埋没しがちな知の有効活用を大いに促進できるだろう。

 知識の収集については、今日の検索技術を利用すれば、様々な検索語の組み合わせやその自動推薦(関連する言葉の自動的な提案)により、取り出す知識の範囲を自在に設定できる。知識の分析、編集については、収集した知識の自動分類や分類聞の関連づけも可能となっている。


 前述の8万本の学術論文に関して、引用情報に基づく分析により分類してみた。加齢に伴う肉体的・精神的な変化、視力・聴力の障害、知的な障害と俳個(はいかい)の問題、介護や介護する家族への支援の在り方、鬱とメンタルヘルス、運動と転倒防止、記憶の回復、病院におげる支援技術の8つの領域が、高齢化に関する課題の重要な部分集合として浮かび上がる。このように分解できれば、知識全体の理解に役立ち、求める知識も探しやすくなるであろう。

 異なる性格の知識聞のつながりについても、コンピューターで言葉の重複度合いを分析し、専門家の評価を加えることで、つながる可能性の高い候補を抽出することも可能となりつつある。

 超高齢化社会に対する,ロボット技術の応用可能性を調べるため、内容的なつながりの濃淡を視覚的に示す手法である「ヒートマップ」を用いて、先ほどの高齢化社会に関する知識とロボットに関の関係を分析した。す埋め込み型補聴器と復による鬱の抑制、肺前立腺がんと手術支援ロボット、パーキンソン病、関節炎脊髄損傷と足の筋肉リハビリ支援ロボット、孤独や鬱と人間型ロボットペットなどの抽出された。

 従来イノベーション世界では、文書化さていない暗黙知の中に貴重な知見が隠れていると考え、それをいかに早く知り、利用するかが議論されてきた。しかしながら、明文化された知識が爆発的に増加している今日においては、むしろ「埋没知」の有効利用の方が重要性が高い。

 埋没知の効率的・効果的な利用のためには、第一に、前述したような情報工学的な手法を政策や経営戦略の立案過程に導入することが不可欠である。専門的知識を持った人材が別世紀型の手法により構造化された知識を武器にすれば、有用な知識やつながりを見落とすリスクや、重要でないものを重要と見誤るリスクは小さくなる。

 第二に、俯瞰(ふかん)的に事象をみる能力や知識を編集する能力が高い人材を育成することである。情報工学的手法と人間の柔軟性の高い思考能力が組み合わさることで初めて、知識に関する適切な評価や活用が可能となる。このためには、実践も含めた思考の訓練を重視する必要がある。知識の詰め込みゃ狭い範囲の知だけを深く掘り下げることとは異なった教育プログラムが必要であろう。

 より良き未来のために、新たな手法と人材を駆動力として、大量の知を生かした革新的なイノベーションが進むことを期待したい。


さかた・いちろう 66年生まれ

東京大博士(工学)。

専門は産業・科学技術政策論

出典:2012年5月4日 日本経済新聞「経済教室」

2011-02-25ICTの歴史とUIコンセプトの歴史(その8)

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オフィスアプライアンスツールの誕生とUIの歴史俯瞰

コンピュータの最新技術をオフィスワークに最適化して誕生したオフィスアプライアンス③Starワークステーションも、残念なことに広くオフィスに普及することなく消えていきました。その理由はオフィス用としては高価だったことが大きかったと思いますが、80年代後半から90年代に展開されていったオフィスを中心としたコンピュータとOA機器の進化を俯瞰すると、様々な関係性として見えてきます。


まず①パソコンの進化としてIBM-PCのアーキテクチャーが解放されPC/AT互換機として世界中のコンピュータメーカーがハードとアプリケーションで参画できるようになり、低価格のパソコンが提供されるようになっていきました。さらにOSはマイクロソフトが提供するMS-DOSがデファクトとなり、コンピュータと言えばPC/AT互換機を指すようになっていったこと、そしてさらに、MS-DOSはMS Windowsへと進化していったことで、コンピュータ市場でのデファクトが決定的となりました。


実はそのWindowsがデファクトの位置を占める事になった背景として付け加えておかなければならないことが2つあります。1つはオフィスアプライアンスとして生まれたGUIがStarからMacintoshへと受け継がれ、90年代の初頭までは絶大なファンの元でユーザインタフェースのバージョンアップを重ねていく事が出来たことでGUIの洗練がすすみ、そのMacOSを真似ることで稚拙なGUIだったWindows3.1から一気にWindows95へ進化でき、同時にアプライアンスの条件でもあった完成度の高いツールアプリケーション=Office95をプリインストールできたこと。そしてもう一つは、PCの入出力ペリフェラル(周辺)として必要なOA機器類が④MFPとしてデファクト化されていたことで、OAでは取り残されていた個人毎の文書作成を推進するために一気にPCを導入し配ることができたことです。

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2011-02-22ICTの歴史とUIコンセプトの歴史(その7)

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オフィスアプライアンスツールの誕生とUIの歴史俯瞰

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年表に添った製品の歴史を俯瞰していくことで物事の変遷を理解することは可能です。しかしその製品がなぜ生まれたのか、どのようにして生まれてきたのかを理解するのは、流れを見るだけでは分かりません。そこで流れの節目節目で区切って、歴史の断面を見ることが、物事の因果関係を理解するために大事となります。


オフィスアプライアンス誕生の頃の歴史をマップで俯瞰してみましょう。

1980年前後に①汎用コンピュータ(マップ右下)の小型化が進められ一気に②パソコン時代が開かれました。オフィス用としてデスクトップに置いて使えるサイズに小型化されたのです。また操作性においてもオフィスワークを想定したOSを搭載するようになって、従来の汎用コンピュータと比べると格段の使い勝手を提供するようになっていきました。マップ上では右下=汎用×高度なコンピュータを左上方向へと移動したと説明できます。ただ移動した位置は、左上象限に登場したワードプロセッサや③Starワークステーション、Macintoshなどと比べると小さなもので、③StarワークステーションのデスクトップメタファをコンセプトとしたGUIは、パソコンとは比較にならない圧倒的なアプライアンスを実現していました。


そして大事なことは、汎用コンピュータを小型化(機能を引き算)してパソコンが生まれた時と同じ時期に、同じコンピュータ技術を活用したGUIを搭載したオフィスアプライアンスが誕生した、ということです。技術の進化としてはほぼ同じレベルにもかかわらず、何故そのような画期的なGUIが実現したかというとXEROXパロアルト研究所はコンピュータメーカーではなくオフィス機器メーカーだったから、オフィスでの利用に最適化したコンセプトが生まれた、と言うことが出来ると思います。

五十嵐@インターソフト五十嵐@インターソフト2011/03/02 19:56新人に工業製品としてのインタフェースデザインを教えたいのですが、このあたりの話をしたほうがいいと思っています。教えたいと思っている割に「その先にナニを伝えたいのか」がはっきりしておらずもやもやしている次第です。この記事の内容を理解してもらえればいいのですが、いかんせん新人なので「読んで理解するように。」とだけはいえないのです。この記事を理解するということはどういうことなのでしょうか?インターフェースデザインやユーザーリサーチにどのように活用されていくのか教えてください。

OVALPLANOVALPLAN2011/03/02 22:26ここで書いているのはあくまでも自分自身や尾上さん、そして同じ頃にユーザインタフェースに関わりを持った人にしか伝わらないような、端折った物語です。ですので、UIの新人に伝えるには相当多くのその当時の知識や情報を追加する必要があります。それらを全て含めた物語を書いていく力は私にはありません。出来るとしたら、私なりに、そして尾上さんなりのブレークダウンした情報を添えて講義をしていくことは出来ると思います。独断と偏見だらけの語りになると思いますが、歴史は常に誰かの目線で描かれるものだと思って、そして尾上さんや私が考えるユーザインタフェースの歴史は、当時の主流であったOA視点だという自負も持ちながら、尾上&小林UIゼミナールとして活動していきたいと思っています。
それはそれとして、学校とは異なり社会で「学ぶ」と言うことは、常に始まりからのストリームとは限らず、途中のどこかから入って遡って行くことが多いもの。だということを前提に、このブログに書かれている用語をWikipediaなどで学びながら徐々に文脈を理解できるようになる、と言うことも大事ではないかと思います。
さらに、こうした歴史俯瞰がUIデザインやリサーチにどのように結ばれるのか、という五十嵐さん(だけではない多くのUI関係者)への疑問に応えていきたい(願望であって実現されるかどうかは約束できない)という思いで、たどたどしい足取りではありますが書き進めていきたいと思っております。
ともあれ、こうしたコメントを頂けることは励みになりますので、今後ともよろしくお願いいたします。

2011-02-10ICTの歴史とUIコンセプトの歴史(その6)

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アプライアンスとは?

アプライアンスは一般的には「家電製品や電気器具」という意味で使われる場合が多いようですが、尾上さんがおられたリコーでは「アプライアンス・Appliance」は登録商標になっていて「作業のしやすさ」「管理のしやすさ」「情報活用のしやすさ」を目指したリコーのお客様への価値提供の考え方、と位置づけられています。高度な技術を誰にでも簡単に使える機能に仕上げる、といったニュアンスで使っておられて「アプライアンス・カンパニー」を企業ポリシーとして謳われているのです。日立製作所の家電部門が日立アプライアンスと社名にしているのは、ごく一般的な家電を意味してのアプライアンスです。オフィス機器のリコーがアプライアンスという言葉をわざわざ商標として使うのは、ややもすると専門的で難しく大げさになりかねないオフィスの機械を、簡単・便利に扱いやすい道具にするための縁の下の力持ちのような技術力を押し出すため、と捉えてよいでしょう。


すなわちここで「アプライアンスとは?」を問いかける理由は、リコーがお客様への価値提供とした「使いやすさ」とはそもどのようなことなのか、を哲学しておきたいと思うからであります。「使いやすさ」は簡単な言葉だが含まれている意味は複雑です。例えば「使いやすいね!」と賞賛して言うとき、その使いやすさは誰にとってもと言う標準的価値が含まれ、また日用品が持っている手軽で便利にも近いニュアンスも、またさらに実用性が高いという評価も含まれ、用途的にも幅の広さを感じさせる、と言った具合に多くの特長を備えている事を指しています。以上のような沢山の「使いやすい!」の意味を持った「アプライアンス」を、ここまで見てきたコンピュータの世界とOA機器の世界で捉えなおしてみたいと思います。


コンピュータはそもそも計算機ですから、計算するところならどんなところでも使える汎用性が大事な機能でした。特に当時はまだパソコンといえども高価でしたから、オフィスに導入する際にいろんな使い方ができる方が喜ばれました。よって、汎用性を重視したコンピュータ設計の基本構造になっていましたが、その一方でその汎用性を使いこなすための技術とその学習が要求されました。対比的にワードプロセッサとの違いを見てみると、CPUによる演算処理から表示部、キーボード入力などコンピュータとほぼ構造は同じですが、コンピュータはアプリケーションソフト次第でどんな用途にでも展開可能で、一方ワードプロセッサは文書作成しかできないが文書作成はの目的には「使いやすさ」を実現している、という違いがありました。


ユーザサイドから捉えると、ワードプロセッサは文書作成に最適化されていますので完成度の高い文書を初心者でも容易に作ることができます。その意味でワードプロセッサはコンピュータ処理を活用した「使いやすい文書作成」を実現したアプライアンス製品です。コンピュータの技術を文書作成ツールとしていち早く取り込んだアプライアンス機器がワードプロセッサだったのです。このようにアプライアンス機器として生まれたワードプロセッサですが、その後普及していくパソコンのアプリケーション機能としてジャスト社の一太郎のようなソフトウェア製品に姿を変え、ハードウェアと一体化された製品としてはやがて消えてしまいました。


ワードプロセッサと同じく当時の先端技術であるコンピュータ技術をオフィスワーカーにとって使いやすいアプライアンスツールとして構築したのが、Starワークステーションであり、その後継者であるMacintoshでした。StarやMcIntoshとIBM-PCが似て非なるものであるところが、ここにあります。すなわち、IBM-PCはプログラム次第で何にでも利用できる汎用性が売り物でしたので、コンピュータとしては原理的な仕組みだけが搭載されていて、利用するためにはその利用目的に沿ったアプリケーションソフトを設計するか、ひな形的なアプリケーションソフトを目的に合わせてカスタマイズする、といった使い方が基本だったのに対して、StarやMacintoshは最初からオフィスワークに最適化した環境(デスクトップ)と代表的アプリケーションをプリインストールされ、買ったその日から誰もがその機能を使って仕事ができる仕組みが提供されたのです。すなわち、コンピュータの機能を一般的なオフィスワークに適したツールとして使いやすくアプライアンス機器化したのが、StarでありMacintoshだったのです。ですから、ハードウェア的にはほとんど同じ仕様だったのですが、機器としての存在は全く違うものだったのです。そしてその存在の違いを決定的にしたのがGUI(グラフィカルユーザインタフェース)だったのです。GUIはその後Windowsにも搭載されて一般化していったのでコンピュータの進化における一側面として捉えられていますが、実はその誕生の時は一般的なオフィスワークに焦点を当てたアプライアンスツールとして設計されたのだと言うことを強調しておきたいと思います。


オフィスのアプライアンスツールとしてのMacintoshを振り返るときもう一つ注目しておきたいのが、プリインストールされたアプリケーションソフトについてです。Macintoshの本体には最初から文書作成MacWrite、図を描くためのMacDraw、絵を描くためのMacPaint、さらに1987年にはビルアトキンス開発のHyperCardといったオフィスワーカーなら誰もが使うであろうツール類がプリインストールされ、買ったその日から本格的なオフィスツールとして直ぐに役立つ仕組みを持っていたのです。そしてこれらのツールをシームレスに使いこなせる仕組がGUIに備えられていた。逆に言うとオフィスで誰もが行う共通ワークを実行できるアプリケーションとそのオフィスワークに最適化された環境(デスクトップ)がハードウェアと一体に組み立てられていた。このことをMacintoshはオフィスにおけるアプライアンスツールだった、と称しているのです。

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その後のコンピュータ業界全体の成長はMacintoshにも恩恵を与え、1980年代から1995年、すなわちWindows95が発売されるまでは、PC/AT互換機に負けないシェアーを確保していたのです。1990年前後のMacintoshの盛り上がりは相当なモノでした。毎年開催されていたマックEXPOは、ビジネスショーやモーターショーにも負けないほどの盛況ぶりで、私の住む京都の電気街寺町通りにもMacintosh専門店が数軒並んでいました。が、いかんせん世界中のコンピュータメーカー対アップル1社という多勢に無勢の業界勢力図には抗うすべもなく、90年代後半にはあわや倒産というところまで追い詰められるという衰退の一途を辿ったのは、当時のオフィスツールとしてPC/AT互換機、Windowsの汎用性に価値があったからです。すなわち「使いやすい!」のアプライアンスよりも「みんなと一緒!」デファクトスタンダードに軍配が上がったのです。


残念なことですが、このオフィスアプライアンスツール=プリインストールされた仕立ては、皮肉なことにMacintosh市場の成長と共に崩れ、上記アプリケーションのプリインストールもなくなり、PC/AT互換機に習ってMacintosh互換機発売(当時はユーザーの一人としてしめたと思いましたが)へとPC/Windowsとの対抗的姿勢がつよくなり、すなわちアプライアンスとしての魅力はなくなり、自滅の一途を辿ることとなったのです。


ところが神様はアップルのアプライアンスモノづくりの姿勢を見捨てなかった。そうです、iPhoneによってアプライアンスのものづくりが蘇ったのです。(つづく)

2011-02-06ICTの歴史とUIコンセプトの歴史(その5)

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ユーザインタフェースの始まりがXeroxのパロアルト研究所で開発されたワークステーションStarに搭載されたのが始まりであったことは、システム開発に関係する人なら誰もが知るところでしょう。ただStarは数年間しか販売されなかったのと、日本語搭載機(J-Star)が有ったとは言え実際にそのStarを操作したことがある人は、発表された当時でも数少なかったと思います。リコーではJ-Starを購入し技術的な調査が行われ、尾上さんはその時に実際にユーザインタフェースを操作し驚嘆したと言っておられました。


当時私はリコーの電子ファイルやワープロの企画とユーザインタフェース開発に参加する機会があったのですが、J-Starを見たことも振れたこともなかったので、尾上さんから話はきいてもMacintoshと同じだろう、程度にしか思っていませんでした。結局その後もJ-Starワークステーション(上谷編著-丸善株式会社)を読んだだけで、実物に出会う機会もなく現在に至っているのですが、当時の尾上さんの話を聞けば聞くほどせっかくリコーさんと仕事をしてたのだから見学をお願いすればよかったと後悔しています。


そんな訳で、具体的なGUIを多くの人が初体験したのは84年に発表されたAppleのMacintoshが始まりでした。私が始めてMacintoshに出会ったのは、当時私が所属していた京都デザインセンター(後のGK京都)のグループ企業であるGKテックでした。GKテックはコンピュータ技術を活用したシステム設計を受託をしていて、そこの岩政氏が米国からのお土産にMacintoshを持って帰ってきたとかで、彼の机の上にちょこんと置かれていました。岩政氏がにこにこしながら説明してくれて、おそるおそるマウスを触ったのを覚えています。本体と画面が一体になった縦長の箱に白い画面のクールな出で立ちで、簡単に持ち運べるように上部に(後から手が入るくぼみの)取っ手が付いていたのには驚きでした。四角や丸の図形をアイコンを選んでマウスを動かすだけでドローイングでき、まるで魔法の定規を使ってドローイングしているかのような感動を覚えたものです。そのスタイリッシュな出で立ちと画面上でのグラフィカルな操作作法は、当時のコンピュータ概念を完全に覆していて、専門家からはおもちゃ扱いされたのも納得できるほどの革新的デザインでした。要はいわゆるコンピュータではなかったのです。少なくともMacintoshと同じ1984年に発表されたIBMのPC/AT互換機がパソコンの主流となっていく、いわゆるコンピュータの流れとは一線を画したものだったのです。


何事も世界初というのはインパクトのあるものですが、得てして革新的なものほど時期尚早で消えていくものが多いものです。しかし、Starからは若干のアレンジがなされたものの基本的なユーザインタフェースを成立させるビットマップマトリックスのモニターとWindowとFolder、Icon、Cursor、そのCursorを操作するためのマウスとキーボードで構成されたグラフィカルユーザインタフェースがMacintoshに受け継がれ、世界中に熱狂的ファンを獲得していったことは、コンピュータとユーザインタフェースの歴史にとっては幸運そのものだったと思います。


ただここで注意していただきたいのですが、StarからMacintoshへと受け継がれたGUIがやがてWindowsへと引き継がれていった、と一般的には捉えられていますが、それは前出のコンピュータvsOA機器のコンピュータ側から捉えた歴史俯瞰であって、Starによって生み出されたGUIの歴史俯瞰は異なります。というのも(尾上さんのコメントにも書かれているように)Starで実現されたGUIは、OA機器すなわちオフィスツールとしてコンピュータ技術を取り込んだ結果生まれたもので、コンピュータを進化させようとして生まれたものではない、ということです。


コンピュータの進化形としてのGUIとオフィスツールとしてのGUI、どちらもGUIとしては同じと思われるでしょうが、コンピュータの進化形としてのWindows搭載PCとMacintoshとの違いは大きな違いがありました。一言で言うとアプライアンス性の有無です。GUIを語るとき、このアプライアンスの有無をヌキに語られることが多いのですが、それはものづくりにおけるコンセプトを無視した表面的な捉え方であって、樹を見て森を見ずなのであります。次回はそのアプライアンス性とはどんな事かについて見ていきたいと思います。

2011-01-26ICTの歴史とUIコンセプトの歴史(その4)

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70年代から80年代にかけて、自動車や家電を中心に日本の工業技術がトップレベルをキャッチアップしていった頃、米国では既にコンピュータ技術を中心とした情報化へ、先端技術の舵を大きくシフトしていった時でした。


米国がデジタルへとシフトしていった時、日本政府が日本製自動車輸出を優先し、トロン(日本産OS)技術の対米輸出を封印したという、出来事を忘れてはなりません。当時東大坂村健教授が開発したトロンは、リアルタイムOSとして世界的にも注目される存在でした。そのトロンOSをベースにした学校用パソコンを世界スタンダードとする戦略があったのですが、1989年の日米貿易摩擦によって米国から非関税障壁(スーパー301条)の候補に挙げられ、自動車輸出を優先してトロンOSの輸出を断念した結果、PCのデファクトOSになるチャンスを逸したのです。この出来事の背景として言えることは、自動車や家電といったアナログ技術だけでなく、コンピュータを中心としたデジタル技術の世界でも、日本は既に米国を脅かす技術を保有していたということで、ICTの歴史を語り始める時、忘れてはならないことだと思います。


この出来事は、その後の日米の技術領域意識、すなわち日本はアナログ=ハードウェア、米国はデジタル=ソフトウェアという図式にも大きく影響していったのではないかと考えられますが、実はこの図式の背景にはもう一つ大きな出来事がありました。それがこの小論の主役であるMFPの登場です。


丁度このトロンの一件があった頃、OA機器の世界では、後にオフィスに一台のデファクト機器へと進化するMFP(オフィス複合機)が誕生しました。

添付はインターソフト尾上さんが描かれたコンピュータ対OA機器の歴史俯瞰図で、1980年代にゼロックスのワークステーションStarに始めてGUIが搭載され、以降コンピュータとOA機器両世界でGUIを巡る戦略的攻防が展開されてきたことがコンピュータとOA機器の年表上に描かれています。


1970年代に設立されたゼロックス-パロアルト研究所での成果であるGUI誕生の話は、Wikipedia等で詳しいのでそちらを見ていただくとして、この図で大事なポイントは、そのGUIを搭載したStarというワークステーションが、従来設置空間的に住み分けていたコンピュータとOA機器が、結合したかたちで丁度中間的存在として登場した、というところです。


GUI誕生=Star登場の頃のコンピュータ世界は、PCすなわちパーソナルコンピュータの黎明期で(パソコンの歴史もWikipediaに詳しい)、1981年にIBMが発売したPCがインテルとMS-DOSというスタンダードを生み、パロアルト見学からGUIのヒントを得たジョブスが作ったApple Macintoshが登場し、そのGUIに啓発されたビルゲイツがWindows3.1を作り、デファクトとなるWindows95へとGUIを引き継いでいくという、一連のパソコンのメインストリームが始まった頃です。


そして丁度その頃日本のオフィス機器メーカーの技術課題は、ゼロックスのPPC(PlainPaperCopy)技術への追随、FAX機の通信画像精度、中身はPCと同じ構造で日本語文書処理だけに特化したワードプロセッサ、そしてマイクロフィルム技術から繋がっている電子ファイルなどでした。と同時に、台頭してきたコンピュータとどう連携していくのか、プロセッサや記憶媒体、メモリといったコンピュータ技術が育んできているハードウェアやネットワーク技術など、いわゆる情報処理におけるデジタル技術に焦点を当てた研究も中心的テーマとして取り組まれていました。コンピュータが席巻していく時代にOA機器メーカーは生き残れるのか、といったサバイバルのディスカッションも、外部者である私の耳にも入ってきたりして、ドラマチックな時代だったことを覚えています。


そうしたダイナミックな技術競争の中で、デジタル技術を基盤としたコピー複合機を経てMFPが誕生し、90年代にはOA世界のデファクトへと成長して行くのですが、OAのもう一方の舞台で急成長していくパソコンとの関係を、今あらためて歴史俯瞰をしておきたいと思っています。(と、ようやく本題に近づきました)

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尾上晏義尾上晏義2011/02/01 14:45この図の元々の出発点は、コンピュータはデータ処理の為の装置でMFPはオフィスワークのための道具というコンピュータvsOA機器でした。XeroxのStarがOA機器にコンピュータを利用した時の道具としての姿、使い方を研究・開発した(ちなみにXeroxパロアルト研究所のStarの開発目標は「将来の複写機の研究」とあります)
StarがOA機器にコンピュータを利用した時の初めにして最後(最終の)の姿を示してしまった(未だにこれ以上の理論的/技術的に完成度のある製品はない)、その中にGUIも含まれていたということです。つまり道具にコンピュータの要素を利用したことによりそれまでの人間工学的展開だけでは不足となり、Star以降ヒューマンインタフェースの研究分野が登場したということです。
これはあくまで道具にコンピュータの技術要素を利用するという考え方で、コンピュータを道具に仕立てようということではない。そのことが一番重要なことで、コンピュータの作法を道具に押し付けようとする流れがずっと続いてきたといえる・・・だから操作が難しくなってしまう。MFPはオフィスの道具にコンピュータを利用することに徹したことが理解しやすかったことにつながったと考えられる。後にCRXプロジェクト等でMFPの操作の標準化を行い、広く各メーカーにオープンにしたことも道具デザインとしての本来の思想を反映するための活動でした(アノニマス・アプライアンス)。マイクロソフトやアップルのような標準化により覇権を握るための活動ではありません。
・・・これはコンピュータ世界の話。ちなみにXeroxは道具としての発想でStarの考え方を世の中にオープンにしたことでマイクロソフト、アップルがこれをうまく利用してしまったということか。

小林郁央小林郁央2011/02/01 14:54なるほど、尾上さんのコンセプトはまさしく「道具論」であります。道具進化の中に技術を位置づけることで、新たな技術と道具世界の結合の新モデルが生まれていく。という歴史俯瞰ですね。この始めに道具ありきの考え方は、非常に日本的な概念ではないかと思っています。その道具論的歴史を道具目線で歴史を遡りながら、その心は、を開陳していきたいですね。(GKの道具論がまさにその考え方であり、道具学会http://www.dougu-tools.com/index.html山口さんからも以前ユーザインタフェースを道具学へ入れて欲しいと話されたことがありました。)

もう一方にある米国的発想は、覇権主義です。西欧の歴史は基本的に「覇権」の歴史で、未知なる世界や未開の地、諸悪、敵、自由にならないもの全て(結果的に自分以外の全て)を組み伏すことが最上の目的である、というコンセプトが底流にあります。

こんなにステレオタイプに物事を捉えては、短絡した進化論となってしまうといけないのですが、まずは上記のような俯瞰をベースに、ユーザインタフェースの歴史を記述していくことにします。

2011-01-10ICTの歴史とUIコンセプトの歴史(その3)

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1987年にデジタル複合複写機が誕生しています。当時はアナログ型の機械からコンピュータ=デジタルへの転換がオフィス機器の世界で展開が始まった頃でした。そんな中で、デジタル化の先にどのようなOA世界が展望できるのかの近未来OAの展望を、尾上さんは検討していました。当時尾上さんはデザインディビジョンにおられたのですが、ユーザインタフェース開発の視点からOAがどのように進化できるのかを考えておられた、ということです。このマップはその時のものを少しだけアレンジして描いていますが、興味深いことにここには80年代後半頃のOA世界の代表的役者がすべてプロットされています。


右上のIBMに代表されるEDPS(Electronic Data Processing System)は、コンピュータの主たる役割である会計や 売上集計、給与計算と行ったシステムを代表する役割を担っていて、次世代の主役を目された存在として右上に置かれているわけです。(2軸平面マップでは基本的に右肩上がり=右上が未来として位置づけられるという暗黙の了解があります)


その対称的左下に複写×スタンドアロンの複写機、FAX、LPが置かれ、台頭してきているコンピュータとシステムの世界からは、取り残されていく気配が示されています。また、右方向にプロットされオフィスで既に大きな勢力となりつつあるオフコン、PC、WPとも異なる位置づけです。


そして左下の単機能的OA機器をシステム指向に転換していくことで、左上の「新OAシステム」として進化していこう、という戦略マップが描かれているわけです。


ここで注目して頂きたいのですが、マップの縦軸の下が「スタンドアロン」に対して上が「システム」は右肩上がりを示す軸として明快なのですが、横軸の右に「コンピュータ」左に「複写」とあるのは違和感を感じます。あえて言うなら「コンピュータ」に対してはアナログな「機械」とするのが妥当だと思うのですが、そこはメーカーにとっての機械=複写という概念が基盤としてあったことを示しています。


そして複写(オフィス機器)×システム=新OAシステムの構想領域を、その当時のOA技術動向全体を俯瞰しつつ位置づけているのです。そして、その後1990年代に入ってからOA機器は全てMFP(MultiFunctionPeripheral)へと進化していった、すなわちこのマップで示している新OAシステムが実現されていった、と言えると思います。


さてこのマップで大事なポイントは、といいますと、2つあります。1つはスタンドアロンとシステム、複写とコンピュータというアクシスで、前者が技術軸で後者が機能軸で捉えていることです。二つ目は複写機、FAX、LPといった自社の基幹製品と競合(オフコン、PC、WP)、EDPSのような先進的世界も含め、それらのドメインの相対位置を示しながら次への展開領域を示す位置づけがなされているところです。


このアクシスの取り方とプロットする要素のくくりが、マップの大事な鍵を握っているのですが、1つの完成度の高いマップを導くためには、アクシスとプロットする要素を繰り返しマッピングしながら粘り強く試行錯誤を繰り返す事が大事です。


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2011-01-08ICTの歴史とUIコンセプトの歴史(その2)

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物事の歴史は、その物事を取り囲む様々な要素との相対的な関係の中で生まれ、育まれ、成熟し、次世代へと受け継がれていくものです。すなわち、独自に進化しているように見えるものであっても、そのものの周囲に有る競合品やそのものに対立する、もしくは日頃意識されていない基盤との関係性の中で成立しているものです。


十数年前には倒産寸前だったが、現在株価、売上ともにICTにおける覇者となったAppleの数々の製品群やサービスも、実はPC世界のデファクトWindowsやその上で展開されていったWeb世界、さらにWebの主役として躍り出たGoogle、といった技術の水平レイヤーを重層しつつ成長してきたICTの強力なデファクトが存在していたが故に、そうしたデファクト争いとは距離を置くことができたのが、成長の背景に見えざる力として働いていた、と俯瞰することができます。


15〜20年前マイクロソフトが覇者となったときに、IBM型垂直統合モデルから水平分業モデルが有効に働き成功した、とビジネス世界で盛んに言われていました。その水平型分業モデルは、米国のICT産業躍進の強力な構造論としてもてはやされていきましたが、そしてその影響をもろに受けたAppleが死に体寸前であったがために今日の躍進の立役者としてジョブスを神格化していますが、実はデファクトの自縛による落とし穴が幸いした、少なくとも自縛から逃れるための負担が不要だった、と解釈することもあながち間違いではないでしょう。


こうした歴史を競合や周辺要素とともにマップ化し俯瞰的に捉えていくことは、未来をイメージしたり戦略を考察していくためには重要です。私が最初に手にした戦略的なノウハウを解説した書物大前研一「企業参謀」は、1980年代当時始めていたマップを使ったコンセプトワークが、事業や製品の戦略地図として役立つのだ、と自信を持った始まりでした。


以来、あらゆるプロジェクトでアクシスを切ってマップ化することを起点とするようになっていき、1990年代には現在の「思考地図」として座標軸を固め、さらに最近は思考地図そのものを思考のエンジンとして道具化する、という方向を追求しつつあります。


このような、物事の俯瞰法を「思考地図論」として語っていくのは、抽象性が強くなりすげて大変難しい、と今年一年の思考地図事業を反省し、具体的な経験を元に歴史の記録として紐解いてみたいと考えました。そして俯瞰型思考をもの語る舞台として、コンセプトをマップ化することを中心に実践していった複合機開発の頃、80年代が最適だろうと考えています。そのなかで、マップ化からコンセプトを導き、そのコンセプト(概念)のモデル図を描く、という俯瞰型思考の方法を紐解くことも同時に行っていいけると思っています。


今日添付しているいくつかのマップは、当時尾上さんや私、大草さんが描いていたものです。大きい図としてお見せできないのは残念ですが、当時描いていた戦略俯瞰マップの様子が少しは伝わるかと思います。


そしてはじめに申し添えておきたいことは、こうしたマップが誰かがさらっと描いた、というのではなく、頭を付き合わせて何度も何度も会話しながら「この関係だとこれは言えるが、大事なあのことは位置づけにくい・・・」「では座標をこう入れ換えたら・・・」「背景としてこのことも匂わせておきたい・・・」といった、対話しながらの繰り返しの思考によって徐々に洗練されていった、ということです。今日のようなビジネススピードではとても間に合わない、のではなく、常々からアクシスを切って物事を俯瞰的に捉える習慣を身につけた者だけが、素早くしかも高度な俯瞰からのコンセプトを導き出すことが可能となるのです。


「コンセプトは物事の俯瞰から誕生する」


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2010-12-23ICTの歴史とUIコンセプトの歴史

オフィスアプライアンスの

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最近つらつら思うのですが、(リコー→インターソフト)尾上さんというUIの先頭打者をフィーチャーした「日本のアプライアンスユーザインタフェースの歴史」を綴っておかないと、と思っています。結局そうしたルーツと、その現場で考察されたことが今の時代の人たちに伝わらないと、アプライアンスモノづくりとしてのユーザインタフェースとはどんなことなのかは、消えて行ってしまうのでは、という危機感があるからです。


なぜ消えてしまうのかというと、ウェブ世界や米国型のTwitterやUtubeといったアミューズメント型の魅惑に負けて、人類にとって共益的なツール(道具的システム)は後回しになってしまうからです。建築世界で例えると、万博やデズニーランドやジェットコースターのようなアミューズメント施設に注目が行って、肝心の住空間(ホーム端末)や道路や橋(情報のやりとり場)や公園(情報の憩いの場)、公共施設(生活情報支援)といったICTを人類のために利用するべき目的に、リソースが注ぎ込まれない、という懸念です。

(米国のアミューズメント指向と日本のアプライアンス指向が本論の底流にあります)


JR東海の予約システムが10年間モデルチェンジなしに、しかし個々の機能の中身は日進月歩で洗練されて行っている、という事実に、1つの救いを感じながら、この事実をあらためてICTの公益視点から注目して、世界に呼びかけるべきではないかと思うのです。チケット予約というスタート/ゴールモデルのスタンダードUI概念モデルはJR東海新幹線予約サイトで実現されたから、10年間使われ続けている、ということに、注目しておきたいと思います。なぜなら、10年前から始まったウェブパフォーマンスという世界がエンタテイメント性に重心を移しながら拡張を続けているがために、誰もがどこからでも欲しい情報にアクセスできる、という本来のユビキタス社会の実現を阻害していると思うからです。住民票を取るといった日常的行為が、いまだに普及できないという、使えない官公庁のウェブサイトのはびこりを容認し続けている事実が、そこにあります。


JR東海新幹線予約サイトプロジェクトの前にあった公益的プロダクトがオフィス向けのデジタル複合機だと位置づけることができます。バラバラだったコピー、FAX、スキャナー(ファイル)を1つの統合というアプライアンスを生み出した。このオフィスにおけるアプライアンスモデルは、実はその後のPC成長のトリガーとなったと位置づけることもできると思っています。そしてのそのアプライアンスモデルの象徴として、タッチパネルによる統合型UIコンセプトモデルが、尾上さんをはじめ当時GKにいた大草と私が担当して生み出されたのです。


オフィスにおけるPCの台頭は明らかにWindows95が契機であったのですが、実は背景的にオフィスにはMFPという中心的なインフラ機能が備わっていて、オフィスを持つと言うことはMFP(又はコピー機でも良いのですが)を導入することが当たり前だった。ということは何を意味するかというと、MFPの持っている機能は動かしようのない機能で、それを再編してまでして新たなITを導入することはできなかったのです。


このオフィス環境は、実はゼロックスが発想したワークステーションという理想的ワーク環境の実現を止めてしまった、と言えるのではないか。コピーやFAXなどバラバラにあったのが、誰にも便利なMFPに融合したことによって、実はワークステーションという個人のナレッジを支援する理想的仕組みの成長を阻害し、結果的にMFPに無い機能だけ、すなわちオフィスワーク支援として残っていた文書制作機としてのPCが成長の糸口を掴んだ、というのが80年代後半から90年代後半のオフィス機器の歴史的展望です。そこには、道具の歴史が相対的に作られていった事実が読み取れると思います。


すなわち何が言いたいかというと、MFPというオフィスにおける一時代の主役が、日本のお家芸として誕生させることができたから、今日のICTの基礎が築かれたのだ、といことです。


それ以後、PC(米国)、インターネット(米国)、ケータイ(世界と日本ーガラパゴス化)、スマートフォン(米国)、とアプライアンス領域が変化しているが、日本のお家芸としてのアプライアンスの舞台は途絶えて久しい。


そのテーマ領域として、私はホーム端末に今注目していきたいと思っています。

2010-04-2610年品質のユーザインタフェース−その8

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JR東海新幹線予約サイトのUI設計プロセス-8


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このマップはユーザ要望を俯瞰的に示したものですが、情報収集と分類を同時に行える大変便利な手法です。是非皆様も以下に示す方法で試して頂けると、その便利さがお分かりになると思います。(ユーザインタフェースコンセプトのプロセスと同時に思考地図の利用法も一緒に解説することになりますが、、、)


まず、ユーザの要望を軽く一人ブレストでいくつか出してみます。あまり多くなくて結構です。私がやるときは2〜3個アイデアを出した時点から次のステップにすすみます。もちろん多く出してからでも良いのですが、アイデアやニーズ収集というのは、自由想起型で行うと、個人の指向性がはたらいてついつい偏りが出てしまうもので、その意味からも最初のアイデア出しや要望出しは数個の少ない数でOKです。


次のステップは、アイデアを対概念(相対的意味)で捉えながら左右上下に配置します。仮に出したアイデアを相対的に空間に置いてみるのですが、その時役立つのが思考地図です。例えばこのマップでは、左右に認知-操作、上下に個人-社会を配置し、この2軸フレームをベースにさらにアイデア出しと分類を同時並行し、アイデアを展開していきます。2軸座標も固定的に考えるのではなく、抽出できた粒の要望やアイデア、それらの類似グループによって軸そのものも変更していくことも大事です。ただ、2軸の取り方は、思考地図の左右にPASSIVE-ACTIVE、上下にHOT-COOLの概念で構成することは大事で、具体的な軸の文言は2軸概念を踏まえていればいろいろと展開してみることも、全体のマップ完成度をあげるために有効です。(思考地図の軸については別のブログ参照して下さい)


その後のステップは、2軸座標の文言の展開検討と要望やアイデア出しを相互に繰り返し、グルーピングしながらそのグループのラベル、即ちグループにしている意味背景を文言化していきます。そのグルーピングがテーマにとって典型モデルとなれば、それがコンセプトです。複数のグループ間を相対的に考察していくことで、コンセプトの抽象度と典型性は高まり、普遍的な概念モデルとなります。


2軸座標をベースにしたブレーンストーミングと分類整理は、通常一人ではできないアイデアの広がりと、同時に素早い整理を実現してくれます。もちろん適切な2軸座標を適用することが前提ですが、同類を素早く見つけられてグルーピングが早い、座標軸とグループとの関係考察によって典型モデルが導ける、4象限全域を素早く整理できるので要望やアイデアの全体構成が見いだせる、そしてマクロな俯瞰を常にできるので網羅性が高いマップとなる、といった効能があります。


このマップでは4つの象限に一つずつの4つのコンセプトに分類していますが、もちろん2つ、3つ、5つ、子持ちを含んだ分類など様々なグルーピングができます。ちなみにこのグルーピングとそこから生まれたコンセプトは、JR東海新幹線予約サイトのユーザインタフェースの基本モデルとなり、基本構成はそのままに技術進化とともに細部の機能や画面は追加や変更が繰り返され、発足から10年のロングライフとなりました。JR東海様、有り難うございます。