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2011-02-25ICTの歴史とUIコンセプトの歴史(その8)

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オフィスアプライアンスツールの誕生とUIの歴史俯瞰

コンピュータの最新技術をオフィスワークに最適化して誕生したオフィスアプライアンス③Starワークステーションも、残念なことに広くオフィスに普及することなく消えていきました。その理由はオフィス用としては高価だったことが大きかったと思いますが、80年代後半から90年代に展開されていったオフィスを中心としたコンピュータとOA機器の進化を俯瞰すると、様々な関係性として見えてきます。


まず①パソコンの進化としてIBM-PCのアーキテクチャーが解放されPC/AT互換機として世界中のコンピュータメーカーがハードとアプリケーションで参画できるようになり、低価格のパソコンが提供されるようになっていきました。さらにOSはマイクロソフトが提供するMS-DOSがデファクトとなり、コンピュータと言えばPC/AT互換機を指すようになっていったこと、そしてさらに、MS-DOSはMS Windowsへと進化していったことで、コンピュータ市場でのデファクトが決定的となりました。


実はそのWindowsがデファクトの位置を占める事になった背景として付け加えておかなければならないことが2つあります。1つはオフィスアプライアンスとして生まれたGUIがStarからMacintoshへと受け継がれ、90年代の初頭までは絶大なファンの元でユーザインタフェースのバージョンアップを重ねていく事が出来たことでGUIの洗練がすすみ、そのMacOSを真似ることで稚拙なGUIだったWindows3.1から一気にWindows95へ進化でき、同時にアプライアンスの条件でもあった完成度の高いツールアプリケーション=Office95をプリインストールできたこと。そしてもう一つは、PCの入出力ペリフェラル(周辺)として必要なOA機器類が④MFPとしてデファクト化されていたことで、OAでは取り残されていた個人毎の文書作成を推進するために一気にPCを導入し配ることができたことです。

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2011-02-22ICTの歴史とUIコンセプトの歴史(その7)

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オフィスアプライアンスツールの誕生とUIの歴史俯瞰

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年表に添った製品の歴史を俯瞰していくことで物事の変遷を理解することは可能です。しかしその製品がなぜ生まれたのか、どのようにして生まれてきたのかを理解するのは、流れを見るだけでは分かりません。そこで流れの節目節目で区切って、歴史の断面を見ることが、物事の因果関係を理解するために大事となります。


オフィスアプライアンス誕生の頃の歴史をマップで俯瞰してみましょう。

1980年前後に①汎用コンピュータ(マップ右下)の小型化が進められ一気に②パソコン時代が開かれました。オフィス用としてデスクトップに置いて使えるサイズに小型化されたのです。また操作性においてもオフィスワークを想定したOSを搭載するようになって、従来の汎用コンピュータと比べると格段の使い勝手を提供するようになっていきました。マップ上では右下=汎用×高度なコンピュータを左上方向へと移動したと説明できます。ただ移動した位置は、左上象限に登場したワードプロセッサや③Starワークステーション、Macintoshなどと比べると小さなもので、③StarワークステーションのデスクトップメタファをコンセプトとしたGUIは、パソコンとは比較にならない圧倒的なアプライアンスを実現していました。


そして大事なことは、汎用コンピュータを小型化(機能を引き算)してパソコンが生まれた時と同じ時期に、同じコンピュータ技術を活用したGUIを搭載したオフィスアプライアンスが誕生した、ということです。技術の進化としてはほぼ同じレベルにもかかわらず、何故そのような画期的なGUIが実現したかというとXEROXパロアルト研究所はコンピュータメーカーではなくオフィス機器メーカーだったから、オフィスでの利用に最適化したコンセプトが生まれた、と言うことが出来ると思います。

五十嵐@インターソフト五十嵐@インターソフト2011/03/02 19:56新人に工業製品としてのインタフェースデザインを教えたいのですが、このあたりの話をしたほうがいいと思っています。教えたいと思っている割に「その先にナニを伝えたいのか」がはっきりしておらずもやもやしている次第です。この記事の内容を理解してもらえればいいのですが、いかんせん新人なので「読んで理解するように。」とだけはいえないのです。この記事を理解するということはどういうことなのでしょうか?インターフェースデザインやユーザーリサーチにどのように活用されていくのか教えてください。

OVALPLANOVALPLAN2011/03/02 22:26ここで書いているのはあくまでも自分自身や尾上さん、そして同じ頃にユーザインタフェースに関わりを持った人にしか伝わらないような、端折った物語です。ですので、UIの新人に伝えるには相当多くのその当時の知識や情報を追加する必要があります。それらを全て含めた物語を書いていく力は私にはありません。出来るとしたら、私なりに、そして尾上さんなりのブレークダウンした情報を添えて講義をしていくことは出来ると思います。独断と偏見だらけの語りになると思いますが、歴史は常に誰かの目線で描かれるものだと思って、そして尾上さんや私が考えるユーザインタフェースの歴史は、当時の主流であったOA視点だという自負も持ちながら、尾上&小林UIゼミナールとして活動していきたいと思っています。
それはそれとして、学校とは異なり社会で「学ぶ」と言うことは、常に始まりからのストリームとは限らず、途中のどこかから入って遡って行くことが多いもの。だということを前提に、このブログに書かれている用語をWikipediaなどで学びながら徐々に文脈を理解できるようになる、と言うことも大事ではないかと思います。
さらに、こうした歴史俯瞰がUIデザインやリサーチにどのように結ばれるのか、という五十嵐さん(だけではない多くのUI関係者)への疑問に応えていきたい(願望であって実現されるかどうかは約束できない)という思いで、たどたどしい足取りではありますが書き進めていきたいと思っております。
ともあれ、こうしたコメントを頂けることは励みになりますので、今後ともよろしくお願いいたします。

2011-02-10ICTの歴史とUIコンセプトの歴史(その6)

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アプライアンスとは?

アプライアンスは一般的には「家電製品や電気器具」という意味で使われる場合が多いようですが、尾上さんがおられたリコーでは「アプライアンス・Appliance」は登録商標になっていて「作業のしやすさ」「管理のしやすさ」「情報活用のしやすさ」を目指したリコーのお客様への価値提供の考え方、と位置づけられています。高度な技術を誰にでも簡単に使える機能に仕上げる、といったニュアンスで使っておられて「アプライアンス・カンパニー」を企業ポリシーとして謳われているのです。日立製作所の家電部門が日立アプライアンスと社名にしているのは、ごく一般的な家電を意味してのアプライアンスです。オフィス機器のリコーがアプライアンスという言葉をわざわざ商標として使うのは、ややもすると専門的で難しく大げさになりかねないオフィスの機械を、簡単・便利に扱いやすい道具にするための縁の下の力持ちのような技術力を押し出すため、と捉えてよいでしょう。


すなわちここで「アプライアンスとは?」を問いかける理由は、リコーがお客様への価値提供とした「使いやすさ」とはそもどのようなことなのか、を哲学しておきたいと思うからであります。「使いやすさ」は簡単な言葉だが含まれている意味は複雑です。例えば「使いやすいね!」と賞賛して言うとき、その使いやすさは誰にとってもと言う標準的価値が含まれ、また日用品が持っている手軽で便利にも近いニュアンスも、またさらに実用性が高いという評価も含まれ、用途的にも幅の広さを感じさせる、と言った具合に多くの特長を備えている事を指しています。以上のような沢山の「使いやすい!」の意味を持った「アプライアンス」を、ここまで見てきたコンピュータの世界とOA機器の世界で捉えなおしてみたいと思います。


コンピュータはそもそも計算機ですから、計算するところならどんなところでも使える汎用性が大事な機能でした。特に当時はまだパソコンといえども高価でしたから、オフィスに導入する際にいろんな使い方ができる方が喜ばれました。よって、汎用性を重視したコンピュータ設計の基本構造になっていましたが、その一方でその汎用性を使いこなすための技術とその学習が要求されました。対比的にワードプロセッサとの違いを見てみると、CPUによる演算処理から表示部、キーボード入力などコンピュータとほぼ構造は同じですが、コンピュータはアプリケーションソフト次第でどんな用途にでも展開可能で、一方ワードプロセッサは文書作成しかできないが文書作成はの目的には「使いやすさ」を実現している、という違いがありました。


ユーザサイドから捉えると、ワードプロセッサは文書作成に最適化されていますので完成度の高い文書を初心者でも容易に作ることができます。その意味でワードプロセッサはコンピュータ処理を活用した「使いやすい文書作成」を実現したアプライアンス製品です。コンピュータの技術を文書作成ツールとしていち早く取り込んだアプライアンス機器がワードプロセッサだったのです。このようにアプライアンス機器として生まれたワードプロセッサですが、その後普及していくパソコンのアプリケーション機能としてジャスト社の一太郎のようなソフトウェア製品に姿を変え、ハードウェアと一体化された製品としてはやがて消えてしまいました。


ワードプロセッサと同じく当時の先端技術であるコンピュータ技術をオフィスワーカーにとって使いやすいアプライアンスツールとして構築したのが、Starワークステーションであり、その後継者であるMacintoshでした。StarやMcIntoshとIBM-PCが似て非なるものであるところが、ここにあります。すなわち、IBM-PCはプログラム次第で何にでも利用できる汎用性が売り物でしたので、コンピュータとしては原理的な仕組みだけが搭載されていて、利用するためにはその利用目的に沿ったアプリケーションソフトを設計するか、ひな形的なアプリケーションソフトを目的に合わせてカスタマイズする、といった使い方が基本だったのに対して、StarやMacintoshは最初からオフィスワークに最適化した環境(デスクトップ)と代表的アプリケーションをプリインストールされ、買ったその日から誰もがその機能を使って仕事ができる仕組みが提供されたのです。すなわち、コンピュータの機能を一般的なオフィスワークに適したツールとして使いやすくアプライアンス機器化したのが、StarでありMacintoshだったのです。ですから、ハードウェア的にはほとんど同じ仕様だったのですが、機器としての存在は全く違うものだったのです。そしてその存在の違いを決定的にしたのがGUI(グラフィカルユーザインタフェース)だったのです。GUIはその後Windowsにも搭載されて一般化していったのでコンピュータの進化における一側面として捉えられていますが、実はその誕生の時は一般的なオフィスワークに焦点を当てたアプライアンスツールとして設計されたのだと言うことを強調しておきたいと思います。


オフィスのアプライアンスツールとしてのMacintoshを振り返るときもう一つ注目しておきたいのが、プリインストールされたアプリケーションソフトについてです。Macintoshの本体には最初から文書作成MacWrite、図を描くためのMacDraw、絵を描くためのMacPaint、さらに1987年にはビルアトキンス開発のHyperCardといったオフィスワーカーなら誰もが使うであろうツール類がプリインストールされ、買ったその日から本格的なオフィスツールとして直ぐに役立つ仕組みを持っていたのです。そしてこれらのツールをシームレスに使いこなせる仕組がGUIに備えられていた。逆に言うとオフィスで誰もが行う共通ワークを実行できるアプリケーションとそのオフィスワークに最適化された環境(デスクトップ)がハードウェアと一体に組み立てられていた。このことをMacintoshはオフィスにおけるアプライアンスツールだった、と称しているのです。

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その後のコンピュータ業界全体の成長はMacintoshにも恩恵を与え、1980年代から1995年、すなわちWindows95が発売されるまでは、PC/AT互換機に負けないシェアーを確保していたのです。1990年前後のMacintoshの盛り上がりは相当なモノでした。毎年開催されていたマックEXPOは、ビジネスショーやモーターショーにも負けないほどの盛況ぶりで、私の住む京都の電気街寺町通りにもMacintosh専門店が数軒並んでいました。が、いかんせん世界中のコンピュータメーカー対アップル1社という多勢に無勢の業界勢力図には抗うすべもなく、90年代後半にはあわや倒産というところまで追い詰められるという衰退の一途を辿ったのは、当時のオフィスツールとしてPC/AT互換機、Windowsの汎用性に価値があったからです。すなわち「使いやすい!」のアプライアンスよりも「みんなと一緒!」デファクトスタンダードに軍配が上がったのです。


残念なことですが、このオフィスアプライアンスツール=プリインストールされた仕立ては、皮肉なことにMacintosh市場の成長と共に崩れ、上記アプリケーションのプリインストールもなくなり、PC/AT互換機に習ってMacintosh互換機発売(当時はユーザーの一人としてしめたと思いましたが)へとPC/Windowsとの対抗的姿勢がつよくなり、すなわちアプライアンスとしての魅力はなくなり、自滅の一途を辿ることとなったのです。


ところが神様はアップルのアプライアンスモノづくりの姿勢を見捨てなかった。そうです、iPhoneによってアプライアンスのものづくりが蘇ったのです。(つづく)

2011-02-06ICTの歴史とUIコンセプトの歴史(その5)

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ユーザインタフェースの始まりがXeroxのパロアルト研究所で開発されたワークステーションStarに搭載されたのが始まりであったことは、システム開発に関係する人なら誰もが知るところでしょう。ただStarは数年間しか販売されなかったのと、日本語搭載機(J-Star)が有ったとは言え実際にそのStarを操作したことがある人は、発表された当時でも数少なかったと思います。リコーではJ-Starを購入し技術的な調査が行われ、尾上さんはその時に実際にユーザインタフェースを操作し驚嘆したと言っておられました。


当時私はリコーの電子ファイルやワープロの企画とユーザインタフェース開発に参加する機会があったのですが、J-Starを見たことも振れたこともなかったので、尾上さんから話はきいてもMacintoshと同じだろう、程度にしか思っていませんでした。結局その後もJ-Starワークステーション(上谷編著-丸善株式会社)を読んだだけで、実物に出会う機会もなく現在に至っているのですが、当時の尾上さんの話を聞けば聞くほどせっかくリコーさんと仕事をしてたのだから見学をお願いすればよかったと後悔しています。


そんな訳で、具体的なGUIを多くの人が初体験したのは84年に発表されたAppleのMacintoshが始まりでした。私が始めてMacintoshに出会ったのは、当時私が所属していた京都デザインセンター(後のGK京都)のグループ企業であるGKテックでした。GKテックはコンピュータ技術を活用したシステム設計を受託をしていて、そこの岩政氏が米国からのお土産にMacintoshを持って帰ってきたとかで、彼の机の上にちょこんと置かれていました。岩政氏がにこにこしながら説明してくれて、おそるおそるマウスを触ったのを覚えています。本体と画面が一体になった縦長の箱に白い画面のクールな出で立ちで、簡単に持ち運べるように上部に(後から手が入るくぼみの)取っ手が付いていたのには驚きでした。四角や丸の図形をアイコンを選んでマウスを動かすだけでドローイングでき、まるで魔法の定規を使ってドローイングしているかのような感動を覚えたものです。そのスタイリッシュな出で立ちと画面上でのグラフィカルな操作作法は、当時のコンピュータ概念を完全に覆していて、専門家からはおもちゃ扱いされたのも納得できるほどの革新的デザインでした。要はいわゆるコンピュータではなかったのです。少なくともMacintoshと同じ1984年に発表されたIBMのPC/AT互換機がパソコンの主流となっていく、いわゆるコンピュータの流れとは一線を画したものだったのです。


何事も世界初というのはインパクトのあるものですが、得てして革新的なものほど時期尚早で消えていくものが多いものです。しかし、Starからは若干のアレンジがなされたものの基本的なユーザインタフェースを成立させるビットマップマトリックスのモニターとWindowとFolder、Icon、Cursor、そのCursorを操作するためのマウスとキーボードで構成されたグラフィカルユーザインタフェースがMacintoshに受け継がれ、世界中に熱狂的ファンを獲得していったことは、コンピュータとユーザインタフェースの歴史にとっては幸運そのものだったと思います。


ただここで注意していただきたいのですが、StarからMacintoshへと受け継がれたGUIがやがてWindowsへと引き継がれていった、と一般的には捉えられていますが、それは前出のコンピュータvsOA機器のコンピュータ側から捉えた歴史俯瞰であって、Starによって生み出されたGUIの歴史俯瞰は異なります。というのも(尾上さんのコメントにも書かれているように)Starで実現されたGUIは、OA機器すなわちオフィスツールとしてコンピュータ技術を取り込んだ結果生まれたもので、コンピュータを進化させようとして生まれたものではない、ということです。


コンピュータの進化形としてのGUIとオフィスツールとしてのGUI、どちらもGUIとしては同じと思われるでしょうが、コンピュータの進化形としてのWindows搭載PCとMacintoshとの違いは大きな違いがありました。一言で言うとアプライアンス性の有無です。GUIを語るとき、このアプライアンスの有無をヌキに語られることが多いのですが、それはものづくりにおけるコンセプトを無視した表面的な捉え方であって、樹を見て森を見ずなのであります。次回はそのアプライアンス性とはどんな事かについて見ていきたいと思います。

2011-01-26ICTの歴史とUIコンセプトの歴史(その4)

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70年代から80年代にかけて、自動車や家電を中心に日本の工業技術がトップレベルをキャッチアップしていった頃、米国では既にコンピュータ技術を中心とした情報化へ、先端技術の舵を大きくシフトしていった時でした。


米国がデジタルへとシフトしていった時、日本政府が日本製自動車輸出を優先し、トロン(日本産OS)技術の対米輸出を封印したという、出来事を忘れてはなりません。当時東大坂村健教授が開発したトロンは、リアルタイムOSとして世界的にも注目される存在でした。そのトロンOSをベースにした学校用パソコンを世界スタンダードとする戦略があったのですが、1989年の日米貿易摩擦によって米国から非関税障壁(スーパー301条)の候補に挙げられ、自動車輸出を優先してトロンOSの輸出を断念した結果、PCのデファクトOSになるチャンスを逸したのです。この出来事の背景として言えることは、自動車や家電といったアナログ技術だけでなく、コンピュータを中心としたデジタル技術の世界でも、日本は既に米国を脅かす技術を保有していたということで、ICTの歴史を語り始める時、忘れてはならないことだと思います。


この出来事は、その後の日米の技術領域意識、すなわち日本はアナログ=ハードウェア、米国はデジタル=ソフトウェアという図式にも大きく影響していったのではないかと考えられますが、実はこの図式の背景にはもう一つ大きな出来事がありました。それがこの小論の主役であるMFPの登場です。


丁度このトロンの一件があった頃、OA機器の世界では、後にオフィスに一台のデファクト機器へと進化するMFP(オフィス複合機)が誕生しました。

添付はインターソフト尾上さんが描かれたコンピュータ対OA機器の歴史俯瞰図で、1980年代にゼロックスのワークステーションStarに始めてGUIが搭載され、以降コンピュータとOA機器両世界でGUIを巡る戦略的攻防が展開されてきたことがコンピュータとOA機器の年表上に描かれています。


1970年代に設立されたゼロックス-パロアルト研究所での成果であるGUI誕生の話は、Wikipedia等で詳しいのでそちらを見ていただくとして、この図で大事なポイントは、そのGUIを搭載したStarというワークステーションが、従来設置空間的に住み分けていたコンピュータとOA機器が、結合したかたちで丁度中間的存在として登場した、というところです。


GUI誕生=Star登場の頃のコンピュータ世界は、PCすなわちパーソナルコンピュータの黎明期で(パソコンの歴史もWikipediaに詳しい)、1981年にIBMが発売したPCがインテルとMS-DOSというスタンダードを生み、パロアルト見学からGUIのヒントを得たジョブスが作ったApple Macintoshが登場し、そのGUIに啓発されたビルゲイツがWindows3.1を作り、デファクトとなるWindows95へとGUIを引き継いでいくという、一連のパソコンのメインストリームが始まった頃です。


そして丁度その頃日本のオフィス機器メーカーの技術課題は、ゼロックスのPPC(PlainPaperCopy)技術への追随、FAX機の通信画像精度、中身はPCと同じ構造で日本語文書処理だけに特化したワードプロセッサ、そしてマイクロフィルム技術から繋がっている電子ファイルなどでした。と同時に、台頭してきたコンピュータとどう連携していくのか、プロセッサや記憶媒体、メモリといったコンピュータ技術が育んできているハードウェアやネットワーク技術など、いわゆる情報処理におけるデジタル技術に焦点を当てた研究も中心的テーマとして取り組まれていました。コンピュータが席巻していく時代にOA機器メーカーは生き残れるのか、といったサバイバルのディスカッションも、外部者である私の耳にも入ってきたりして、ドラマチックな時代だったことを覚えています。


そうしたダイナミックな技術競争の中で、デジタル技術を基盤としたコピー複合機を経てMFPが誕生し、90年代にはOA世界のデファクトへと成長して行くのですが、OAのもう一方の舞台で急成長していくパソコンとの関係を、今あらためて歴史俯瞰をしておきたいと思っています。(と、ようやく本題に近づきました)

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尾上晏義尾上晏義2011/02/01 14:45この図の元々の出発点は、コンピュータはデータ処理の為の装置でMFPはオフィスワークのための道具というコンピュータvsOA機器でした。XeroxのStarがOA機器にコンピュータを利用した時の道具としての姿、使い方を研究・開発した(ちなみにXeroxパロアルト研究所のStarの開発目標は「将来の複写機の研究」とあります)
StarがOA機器にコンピュータを利用した時の初めにして最後(最終の)の姿を示してしまった(未だにこれ以上の理論的/技術的に完成度のある製品はない)、その中にGUIも含まれていたということです。つまり道具にコンピュータの要素を利用したことによりそれまでの人間工学的展開だけでは不足となり、Star以降ヒューマンインタフェースの研究分野が登場したということです。
これはあくまで道具にコンピュータの技術要素を利用するという考え方で、コンピュータを道具に仕立てようということではない。そのことが一番重要なことで、コンピュータの作法を道具に押し付けようとする流れがずっと続いてきたといえる・・・だから操作が難しくなってしまう。MFPはオフィスの道具にコンピュータを利用することに徹したことが理解しやすかったことにつながったと考えられる。後にCRXプロジェクト等でMFPの操作の標準化を行い、広く各メーカーにオープンにしたことも道具デザインとしての本来の思想を反映するための活動でした(アノニマス・アプライアンス)。マイクロソフトやアップルのような標準化により覇権を握るための活動ではありません。
・・・これはコンピュータ世界の話。ちなみにXeroxは道具としての発想でStarの考え方を世の中にオープンにしたことでマイクロソフト、アップルがこれをうまく利用してしまったということか。

小林郁央小林郁央2011/02/01 14:54なるほど、尾上さんのコンセプトはまさしく「道具論」であります。道具進化の中に技術を位置づけることで、新たな技術と道具世界の結合の新モデルが生まれていく。という歴史俯瞰ですね。この始めに道具ありきの考え方は、非常に日本的な概念ではないかと思っています。その道具論的歴史を道具目線で歴史を遡りながら、その心は、を開陳していきたいですね。(GKの道具論がまさにその考え方であり、道具学会http://www.dougu-tools.com/index.html山口さんからも以前ユーザインタフェースを道具学へ入れて欲しいと話されたことがありました。)

もう一方にある米国的発想は、覇権主義です。西欧の歴史は基本的に「覇権」の歴史で、未知なる世界や未開の地、諸悪、敵、自由にならないもの全て(結果的に自分以外の全て)を組み伏すことが最上の目的である、というコンセプトが底流にあります。

こんなにステレオタイプに物事を捉えては、短絡した進化論となってしまうといけないのですが、まずは上記のような俯瞰をベースに、ユーザインタフェースの歴史を記述していくことにします。

2011-01-10ICTの歴史とUIコンセプトの歴史(その3)

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1987年にデジタル複合複写機が誕生しています。当時はアナログ型の機械からコンピュータ=デジタルへの転換がオフィス機器の世界で展開が始まった頃でした。そんな中で、デジタル化の先にどのようなOA世界が展望できるのかの近未来OAの展望を、尾上さんは検討していました。当時尾上さんはデザインディビジョンにおられたのですが、ユーザインタフェース開発の視点からOAがどのように進化できるのかを考えておられた、ということです。このマップはその時のものを少しだけアレンジして描いていますが、興味深いことにここには80年代後半頃のOA世界の代表的役者がすべてプロットされています。


右上のIBMに代表されるEDPS(Electronic Data Processing System)は、コンピュータの主たる役割である会計や 売上集計、給与計算と行ったシステムを代表する役割を担っていて、次世代の主役を目された存在として右上に置かれているわけです。(2軸平面マップでは基本的に右肩上がり=右上が未来として位置づけられるという暗黙の了解があります)


その対称的左下に複写×スタンドアロンの複写機、FAX、LPが置かれ、台頭してきているコンピュータとシステムの世界からは、取り残されていく気配が示されています。また、右方向にプロットされオフィスで既に大きな勢力となりつつあるオフコン、PC、WPとも異なる位置づけです。


そして左下の単機能的OA機器をシステム指向に転換していくことで、左上の「新OAシステム」として進化していこう、という戦略マップが描かれているわけです。


ここで注目して頂きたいのですが、マップの縦軸の下が「スタンドアロン」に対して上が「システム」は右肩上がりを示す軸として明快なのですが、横軸の右に「コンピュータ」左に「複写」とあるのは違和感を感じます。あえて言うなら「コンピュータ」に対してはアナログな「機械」とするのが妥当だと思うのですが、そこはメーカーにとっての機械=複写という概念が基盤としてあったことを示しています。


そして複写(オフィス機器)×システム=新OAシステムの構想領域を、その当時のOA技術動向全体を俯瞰しつつ位置づけているのです。そして、その後1990年代に入ってからOA機器は全てMFP(MultiFunctionPeripheral)へと進化していった、すなわちこのマップで示している新OAシステムが実現されていった、と言えると思います。


さてこのマップで大事なポイントは、といいますと、2つあります。1つはスタンドアロンとシステム、複写とコンピュータというアクシスで、前者が技術軸で後者が機能軸で捉えていることです。二つ目は複写機、FAX、LPといった自社の基幹製品と競合(オフコン、PC、WP)、EDPSのような先進的世界も含め、それらのドメインの相対位置を示しながら次への展開領域を示す位置づけがなされているところです。


このアクシスの取り方とプロットする要素のくくりが、マップの大事な鍵を握っているのですが、1つの完成度の高いマップを導くためには、アクシスとプロットする要素を繰り返しマッピングしながら粘り強く試行錯誤を繰り返す事が大事です。


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2011-01-08ICTの歴史とUIコンセプトの歴史(その2)

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物事の歴史は、その物事を取り囲む様々な要素との相対的な関係の中で生まれ、育まれ、成熟し、次世代へと受け継がれていくものです。すなわち、独自に進化しているように見えるものであっても、そのものの周囲に有る競合品やそのものに対立する、もしくは日頃意識されていない基盤との関係性の中で成立しているものです。


十数年前には倒産寸前だったが、現在株価、売上ともにICTにおける覇者となったAppleの数々の製品群やサービスも、実はPC世界のデファクトWindowsやその上で展開されていったWeb世界、さらにWebの主役として躍り出たGoogle、といった技術の水平レイヤーを重層しつつ成長してきたICTの強力なデファクトが存在していたが故に、そうしたデファクト争いとは距離を置くことができたのが、成長の背景に見えざる力として働いていた、と俯瞰することができます。


15〜20年前マイクロソフトが覇者となったときに、IBM型垂直統合モデルから水平分業モデルが有効に働き成功した、とビジネス世界で盛んに言われていました。その水平型分業モデルは、米国のICT産業躍進の強力な構造論としてもてはやされていきましたが、そしてその影響をもろに受けたAppleが死に体寸前であったがために今日の躍進の立役者としてジョブスを神格化していますが、実はデファクトの自縛による落とし穴が幸いした、少なくとも自縛から逃れるための負担が不要だった、と解釈することもあながち間違いではないでしょう。


こうした歴史を競合や周辺要素とともにマップ化し俯瞰的に捉えていくことは、未来をイメージしたり戦略を考察していくためには重要です。私が最初に手にした戦略的なノウハウを解説した書物大前研一「企業参謀」は、1980年代当時始めていたマップを使ったコンセプトワークが、事業や製品の戦略地図として役立つのだ、と自信を持った始まりでした。


以来、あらゆるプロジェクトでアクシスを切ってマップ化することを起点とするようになっていき、1990年代には現在の「思考地図」として座標軸を固め、さらに最近は思考地図そのものを思考のエンジンとして道具化する、という方向を追求しつつあります。


このような、物事の俯瞰法を「思考地図論」として語っていくのは、抽象性が強くなりすげて大変難しい、と今年一年の思考地図事業を反省し、具体的な経験を元に歴史の記録として紐解いてみたいと考えました。そして俯瞰型思考をもの語る舞台として、コンセプトをマップ化することを中心に実践していった複合機開発の頃、80年代が最適だろうと考えています。そのなかで、マップ化からコンセプトを導き、そのコンセプト(概念)のモデル図を描く、という俯瞰型思考の方法を紐解くことも同時に行っていいけると思っています。


今日添付しているいくつかのマップは、当時尾上さんや私、大草さんが描いていたものです。大きい図としてお見せできないのは残念ですが、当時描いていた戦略俯瞰マップの様子が少しは伝わるかと思います。


そしてはじめに申し添えておきたいことは、こうしたマップが誰かがさらっと描いた、というのではなく、頭を付き合わせて何度も何度も会話しながら「この関係だとこれは言えるが、大事なあのことは位置づけにくい・・・」「では座標をこう入れ換えたら・・・」「背景としてこのことも匂わせておきたい・・・」といった、対話しながらの繰り返しの思考によって徐々に洗練されていった、ということです。今日のようなビジネススピードではとても間に合わない、のではなく、常々からアクシスを切って物事を俯瞰的に捉える習慣を身につけた者だけが、素早くしかも高度な俯瞰からのコンセプトを導き出すことが可能となるのです。


「コンセプトは物事の俯瞰から誕生する」


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2010-12-23ICTの歴史とUIコンセプトの歴史

オフィスアプライアンスの

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最近つらつら思うのですが、(リコー→インターソフト)尾上さんというUIの先頭打者をフィーチャーした「日本のアプライアンスユーザインタフェースの歴史」を綴っておかないと、と思っています。結局そうしたルーツと、その現場で考察されたことが今の時代の人たちに伝わらないと、アプライアンスモノづくりとしてのユーザインタフェースとはどんなことなのかは、消えて行ってしまうのでは、という危機感があるからです。


なぜ消えてしまうのかというと、ウェブ世界や米国型のTwitterやUtubeといったアミューズメント型の魅惑に負けて、人類にとって共益的なツール(道具的システム)は後回しになってしまうからです。建築世界で例えると、万博やデズニーランドやジェットコースターのようなアミューズメント施設に注目が行って、肝心の住空間(ホーム端末)や道路や橋(情報のやりとり場)や公園(情報の憩いの場)、公共施設(生活情報支援)といったICTを人類のために利用するべき目的に、リソースが注ぎ込まれない、という懸念です。

(米国のアミューズメント指向と日本のアプライアンス指向が本論の底流にあります)


JR東海の予約システムが10年間モデルチェンジなしに、しかし個々の機能の中身は日進月歩で洗練されて行っている、という事実に、1つの救いを感じながら、この事実をあらためてICTの公益視点から注目して、世界に呼びかけるべきではないかと思うのです。チケット予約というスタート/ゴールモデルのスタンダードUI概念モデルはJR東海新幹線予約サイトで実現されたから、10年間使われ続けている、ということに、注目しておきたいと思います。なぜなら、10年前から始まったウェブパフォーマンスという世界がエンタテイメント性に重心を移しながら拡張を続けているがために、誰もがどこからでも欲しい情報にアクセスできる、という本来のユビキタス社会の実現を阻害していると思うからです。住民票を取るといった日常的行為が、いまだに普及できないという、使えない官公庁のウェブサイトのはびこりを容認し続けている事実が、そこにあります。


JR東海新幹線予約サイトプロジェクトの前にあった公益的プロダクトがオフィス向けのデジタル複合機だと位置づけることができます。バラバラだったコピー、FAX、スキャナー(ファイル)を1つの統合というアプライアンスを生み出した。このオフィスにおけるアプライアンスモデルは、実はその後のPC成長のトリガーとなったと位置づけることもできると思っています。そしてのそのアプライアンスモデルの象徴として、タッチパネルによる統合型UIコンセプトモデルが、尾上さんをはじめ当時GKにいた大草と私が担当して生み出されたのです。


オフィスにおけるPCの台頭は明らかにWindows95が契機であったのですが、実は背景的にオフィスにはMFPという中心的なインフラ機能が備わっていて、オフィスを持つと言うことはMFP(又はコピー機でも良いのですが)を導入することが当たり前だった。ということは何を意味するかというと、MFPの持っている機能は動かしようのない機能で、それを再編してまでして新たなITを導入することはできなかったのです。


このオフィス環境は、実はゼロックスが発想したワークステーションという理想的ワーク環境の実現を止めてしまった、と言えるのではないか。コピーやFAXなどバラバラにあったのが、誰にも便利なMFPに融合したことによって、実はワークステーションという個人のナレッジを支援する理想的仕組みの成長を阻害し、結果的にMFPに無い機能だけ、すなわちオフィスワーク支援として残っていた文書制作機としてのPCが成長の糸口を掴んだ、というのが80年代後半から90年代後半のオフィス機器の歴史的展望です。そこには、道具の歴史が相対的に作られていった事実が読み取れると思います。


すなわち何が言いたいかというと、MFPというオフィスにおける一時代の主役が、日本のお家芸として誕生させることができたから、今日のICTの基礎が築かれたのだ、といことです。


それ以後、PC(米国)、インターネット(米国)、ケータイ(世界と日本ーガラパゴス化)、スマートフォン(米国)、とアプライアンス領域が変化しているが、日本のお家芸としてのアプライアンスの舞台は途絶えて久しい。


そのテーマ領域として、私はホーム端末に今注目していきたいと思っています。

2010-04-0410年品質のユーザインタフェース−その3

[][][][][][][] 10年品質のユーザインタフェース−その3 - 思考地図:OVALPLAN を含むブックマーク

JR東海新幹線予約サイトのUI設計プロセス


「誰にも優しいステップバイステップ」というコンセプトから縦型のタブ構造のステップナビゲーションをUI概念モデルとして採用するに至った考察をご紹介します。


f:id:OVALPLAN:20100404102713j:image:left

1.人間の思考モデル:上から下への移動は現実世界の階段を下りていくというメタファとつながり、上位から下位へと順に細部へ分け入っていくモデルと一致します。水平の左から右へのステップナビゲーションと比較するとその階層感覚が全く違うことが分かります。水平というのは実は平等、対等といった関係性を示すときに使われる概念で、横展開、水平思考といった展開で使われる空間のモデルなのです。横の空間モデルでも左に始まりがあって右に終わりがあるスタート/ゴールのモデルで使われることもありますが、その場合でも、左から始まって右に行くに従って階層を下っていくイメージは無くはないですが強く意識されることはありません。上下の空間構造が持つ階層概念は、順に詳細を決定していくステップナビゲーションに最適といえるわけです。

まだまだ上下空間の持っている意味性と左右空間が持っている意味性には奥深いものが有りますが、この辺りの人間の思考モデルについては思考地図の解説をご覧下さい。


2.デザインの象徴性:パソコンやインターネット画面は、システムの表示構造が基本的に横組みです。Alphabetが横組みだというのが背景にあり、世の中に始めてグラフィカルUIが登場する以前のテキストでコマンド操作をしていた時代から、システム世界のレイアウトは横組みが基本です。皆さんは横組み以外に、すなわち日本の新聞や雑誌、書籍のような縦組みのユーザインタフェースというものを見たことがないかも知れませんが、実は以前リコーの学習用ソフト、その中の国語の学習をするためのユーザインタフェースを作ったことがありますが、そこでは縦組みのUIでした。確かワードプロセッサが全盛だった80年代には、日本製のシステム機器では縦組みの画面デザインもあったと思います。

話を戻しまして、下のマップをご覧下さい。このマップはJR東海新幹線予約サイトを設計していた2000年頃の日本を代表する企業のWebサイト画面を俯瞰したものです。こんな中へJR東海新幹線予約サイトが登場することになる、ということを踏まえ、デザインのアイデンティティを検討した結果、上から下への階層的タブ構造を左サイドに整然と並べ、ダークな紺色の上にくっきりとタブが浮かび上がるデザインが生まれたのです。さらにダークな背景にタブを並べることで、過去タブ、現在タブ、未来タブがしっかりと色分けできて、自然なナビゲーションを可能にしています。1.人間の思考モデルを象徴的なデザインに仕立て上げたビジュアルコンセプトワークがここにあります。ビジュアルアイデンティティの視点というのは、縦型のステップナビゲーションではなくても検討は可能ですが、縦型にこだわった背景として「ビジュアルアイデンティティをしっかり出せる!」という考え(コンセプト)が、重層的に見えてくることが大事だったわけです。(こうした蓋然性が感じられると言うことは概念設計では重要なことです)

一般的なWebサイトデザインでは、左サイドの縦スペースはカテゴリー分類に占拠される傾向があり、このJR東海新幹線予約サイトのような縦型のステップナビゲーションはあまり見かけません。その理由は、この予約サイトは新幹線予約の機能に特化しているからで、現在のポータル的な機能満載のWebアプリケーションと一緒に実現しようとすると、これほどのシンプルなアーキテクチャーは実現が難しかったかも知れません。


3.サイトの構造システム(アーキテクチャ):どんなに構造的な思考モデルがあっても、どんなにデザインの象徴性が高くても、サイト全体を俯瞰したときの構造システム=アーキテクチャとしてきちんと構成されていなければ、ユーザインタフェースとしては破綻します。JR東海新幹線予約システムで採用した縦型タブのステップナビゲーションが、サイトで実行する機能全体で一貫した作法となるよう構造が組み立てられなければ、良い概念設計とは言えないでしょう。予約、購入、変更、設定など中心機能を一貫したロジックのステップモデルに展開するには、ステップの粒度を揃えていく必要があります。粒度というのはステップ毎の表示内容とユーザ操作の範囲で、細かすぎると面倒なステップ進行になり、粗いと誤操作や思い違いが増えて戻りが増えてしまいます。システムの造り勝手とも絡めながらバランスの良いステップ構造を設計することは、根気のいる作業だと言えます。

ノウハウという意味では、この「サイトの構造システム」での見通しを早い段階で獲得できるか、がもっともロジカルな概念設計技術だと思います。(SEなど)システム開発に長けた人は、この全体を見通したシステムアーキテクチャ設計が最優先するために、シンプルな設計でいかにも使いやすそうなユーザインタフェースが設計できたと、勘違いされる場合が多いと思います。アーキテクチャー設計は、システムエンジニアリングの高級な技術ですし、ユーザインタフェースでも同じ事が言えるからです。しかしこの構造システムがいくらシステムとしてシンプルで、全体機能を包含していたとしても、上記の思考モデルやデザインの象徴性が欠けていれば、広くユーザに受け入れられるユーザインタフェースとはなりません。


4.UI設計の統合モデリング:ユーザの頭の中に形成される空間や時間の概念と合致しているか、表現されたデザインが象徴的なイメージとしてユーザに伝わるか、そして同じロジックでメインの複数の機能を束ねることができるか、をサイクリックに考察し続ける力、これがUI設計における統合モデリング力といえるものです。難解であればあるほど、要求が複雑なほど、パズルを解く喜びは大きいものです。そこにクリエイティブの魅力があります。と同時に破綻の落とし穴も待ち受けていますので、速やかな撤収再チャレンジの繰り返しが大事です。がしかし、ここ一番のコンセントレーションが、新たなブリッジに繋がることも申し添えておきたいと思います。


コンセプトからUIデザインへの流れを文章で紹介すると、なーんだそんなことか〜と簡単そうに思われるでしょうが、実際は言葉化できる範囲をはるかにしのぐ思考の厚みが要求されるものだということをお伝えしておきます。


f:id:OVALPLAN:20100404103149j:image


次回は、JR東海新幹線予約サイトのその他のコンセプトメイキングについて、ご紹介してみたいと思います。

2009-09-22UI Architectureの可能性-4

[][][]UI Architectureって? UI Architectureって? - 思考地図:OVALPLAN を含むブックマーク はてなブックマーク - UI Architectureって? - 思考地図:OVALPLAN

ITとヒューマンインタフェース

既にユーザインタフェースの専門領域についての項で、システム構想や設計の中盤以降を主な活躍の領域としている、そしてその活躍の場を中盤より上流へ拡張していくためには、システム開発の上流にあるITアーキテクチャ開発に貢献できるユーザインタフェース設計技術を構築していく必要がある、と書きました。その意図はもちろん、ITアーキテクチャ構想のステップでユーザインタフェースを意識したアーキテクチャ設計を仕組んでいくべきである、という考えからです。


システム開発の上流におけるITアーキテクチャ、もしくはシステムアーキテクチャ開発に貢献できるユーザインタフェース設計技術を、ITアーキテクチャやシステムアーキテクチャの構造的一部として捉え、且つITアーキテクチャやシステムアーキテクチャのフレームからは(ややもすると)抜け落ちてしまうことが多い、ユーザやステークホルダにとってのアーキテクチャコンセプトを提案していけることが、UIアーキテクチャの役割と考えています。


なぜそのような役割を想起できるかと言いますと、古来より建築や生活道具といった人とともに存在し、機能してきたモノは、素材と加工技術、構築技術によって構造化(アーキテクチャ)されてきた歴史があり、その構造は初期段階から繰り返し設計構築が繰り替えされることによって洗練されていった、文明から文化への普遍的な流れがそこに見いだせるからです。その構築の洗練には、技術としての緻密さや無駄のない簡潔性と同時に、人間にとっての「心地よさ」が常に求められてきた、というところに、ヒューマンインタフェースのよって立つところがあると考えます。


ここで注目しておきたいことは、人類の進化は常に科学技術とともに歩んできたが、その科学技術は必ず稚拙な構造から精緻な構造へと洗練され、その洗練の中には必ず心地よさや快適といった側面が組み込まれていく、ということです。そしてその心地よさや快適さを産み出すノウハウは人間を見つめることによって産み出される技術で、近代産業の中で職能として育まれてきた「デザイン」の原点であることを申し述べておきたいと思います。


すなわち、IT進化によって獲得していく人間社会の進化は、人間にとっての心地よさや快適さを求め洗練していくプロセス上にあり、その心地よさや快適さを手に入れるために、ヒューマンを起点としたデザインという取り組みを、ITアーキテクチャの中に組み込むという目標を掲げ、そのためのUIアーキテクチャを構築したいと考えているわけです。


当然のことながらそれを実現するためには、ITアーキテクチャと交差できる仕組みが必要ですが、幸いにしてITアーキテクチャの世界で近年展開されてきている建築家アレグザンダーの「パターンランゲージ」から出発した「デザインパターン」や「Wiki」、「アーキテクチャオリエンテッドな設計」は、有機的秩序、参加性、漸進的成長といった技術の洗練プロセスであり、「心地よさ」「快適さ」「美しさ」といった価値創出に貢献できるヒューマンインタフェースの参画タイミングがやってきたと思っています。


次回はITアーキテクチャとの交点について、より具体的な言語、図法の考察をしてみるつもりです。

パタン・ランゲージ―環境設計の手引

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パターン、Wiki、XP ~時を超えた創造の原則 (WEB+DB PRESS plusシリーズ)

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