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2016-09-06

名もなき石垣積み工の残した言葉[小林] 名もなき石垣積み工の残した言葉[小林] - 思考地図:OVALPLAN を含むブックマーク はてなブックマーク - 名もなき石垣積み工の残した言葉[小林] - 思考地図:OVALPLAN

鷲田清一は「しんがりの思想」の中で、以下の宮本常一が残した、名もなき石垣積み工の言葉を引用し、名を馳せることばかり気にしているリーダーシップ論ではなく、名もなき職人の矜持こそが、次世代へ残していく大事な心であろうと述べている。

以下「しんがりの思想」より引用

金をほしうてやる仕事だが決していい仕事ではない。ことに冬など川の中などでやる仕事は、泣くにも泣けぬつらいことがある。子供は石工にしたくはない。しかし自分は生涯それでくらしたい。田舎をあるいていて何でもない田の岸などに見事な石のつみ方をしてあるのを見ると、心をうたれることがある。こんなところにこの石垣をついた石工は、どんなつもりでこんなに心をこめた仕事をしたのだろうと思って見る。村の人以外には見てくれる人もいないのに:しかし石垣つみは仕事をやっているとやはりいい仕事がしたくなる。二度とくずれないような。そしてそのことだけ考える。つきあげてしまえばそれきりその土地とも縁はきれる。が、いい仕事をしておくとたのしい。あとから来たものが他の家の田の石垣をつくとき、やっぱり粗末なことはできないものである。まえに仕事に来たものがザツな仕事をしておくと、こちらもついザツな仕事をする。また親方どりの請負仕事なら経費の関係で手をぬくこともあるが、そんな工事をすると大雨の降ったときはくずれはせぬかと夜もねむれぬことがある、やっぱりいい仕事をしておくのがいい。おれのやった仕事が少々の水でくずれるものかという自信が、雨のふるときにはわいてくるものだ。結局いい仕事をしておけば、それは自分ばかりでなく、あとから来るものもその気持ちをうけついでくれるものだ。

広島県・西条高原の西高屋の近くで出会ったある石工の言葉として、宮本が『庶民の発見」(一九六一年)のなかで記録しているものである。「ほめられなくても自分の気のすむような仕事はしたいものだ」とも、この職人は語っている。この言葉を承けて、宮本はこう書きついでいた。「誰に命令せられるのでもなく、自らが自らに命令することのできる尊さをこの人たちは自分の仕事を通して学びとっているようである」、と。石工は、田舎を歩いていて見事な石の積み方に心打たれ、将来、おなじ職工の眼にふれたときに恥ずかしくないような仕事をしておきたいとおもった。このとき、石工のこだわりはじつに未来の職人に宛てられていた。これに対して、目先の評判や利害ではなく、何十年か先の世代に見られてもけっして恥ずかしくない仕事を、というそのような矜持をもって仕事に向かうひとがうんと減ったのが現代である。未来世代のことをまずは案じる、そういう心持ちをほとんど失っているのが現代である。

以上、引用はここまで。

この石垣積み工の生き様を私も、と思ったときに愕然とするのは、現代社会はあらゆるものを消耗品化していくパラダイムとなってしまっていて、良い仕事を次世代へ残そうと思っても、一年、半年、いや最近はシーズン毎にファッションの如く物事を捨てながら生きている、という状況が目の前に広がっている。

それでも何か自分なりの矜持を示す(と思うことも奢りかも知れないが)、今現在出なくても過去に示してきたことでも、書き残しておきたいと思っています。

ゲスト



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